「 河野支持、若手議員はそれで良いのか 」
『週刊新潮』 2021年9月23日号
日本ルネッサンス 第967回
自民党総裁選挙は河野太郎、岸田文雄、高市早苗の三氏で争われる。どの世論調査でも河野氏が断トツに高い支持率を得ている。これら一連の数字に強く影響されて、自民党議員、三回生以下の若い議員が河野氏の支援に回ろうとしている。ここでは都合上、年齢に関わりなく彼らを「若手議員」と呼ぶ。彼らに問いたい。なぜ河野氏なのか、と。
慌てふためいて河野氏の旗の下に馳せ参じる若手議員は、安倍晋三前首相に寄せられた国民の強い支持ゆえに当選した人々だと言ってよい。安倍氏は6回選挙を打って全ての選挙で圧勝した。2017年の選挙ではなんと衆議院で284人を獲得した。その結果、自民党議員の100人以上が三回生以下、全体の4割近くを占める勢力だ。
彼らは多くの場合、自力に自信がない。そこで党の顔に人気者を据えて選挙を戦いたいと考えている。総裁の人気で自らに足らざるところを補ってもらわなければ落選の可能性があるからだ。
政治家は選挙で落ちればただの市井の人だ。さまざまな特権は全て失う。「先生」と呼ばれ、公費で秘書を雇うことも、新幹線や飛行機に無料で乗ることもできなくなる。航空機の乗り降りに際して特別のルートを通り一般国民に会わなくても済む待遇も失い、必要な資料や情報を官僚に用意させ、国会や各委員会でそれなりに論陣を張ることもできなくなる。
これらの特権は、国益を考え、日夜日本国の在るべき姿を模索する真面目な議員には惜しみなく与えるべきだと、私は考えている。課題山積の日本の、その課題をひとつでもふたつでも解決しようと立法し、果敢に取り組む議員なら、歳費も研究費も、現在よりもっと与えるべきだとさえ思う。議員の真価はその人物がどんな考え方をしているか、国の形をどのように整えていこうとしているかの一点にある。つまり、掲げる政治信条・政策が大事なのである。
議席欲しさで…
安倍氏の力で当選したと言ってよい若手議員らが、今、河野氏支持に走るのを、政治信条・政策の観点からみると全く理解できない。安倍氏の掲げる価値観は一言で言えば優しく雄々しい保守である。具体的に以下の主張があった。
・日本の国土、国民の守りを強固にするために、自衛隊を強くする。憲法に自衛隊の存在を書きこむべく憲法改正に着手する。
・拉致をテロと定義して国連決議に反映させた。拉致された国民を取り戻さなくては、日本は主権国家ではあり得ないとの思いから拉致問題解決を自身の最重要の使命と位置づけた。
・日本の国柄の根本に皇室がいらっしゃる。長い日本の歴史は、国民の幸福を祈り続ける皇室と皇室を尊崇の気持ちで守ってきた国民の、相互信頼の歴史である。だからこそ、皇位継承を含めた皇室の形を、長い歴史を生き抜いてきた本来の形のままに守りたいとして、男系男子による継承にこだわってきた。
・国民生活を支える経済を重視した。経済・産業の基盤はエネルギーの安定供給にあるため、火力、原子力、再生エネルギーの最善の組み合わせを目指してきた。
これら主要政策のどれをとっても、河野氏の考えは安倍氏とは異なる。ここ数日の河野氏の発言は微妙に変化している面もあるが、年来の氏の主張は安倍氏とは対極にある。
私は河野氏が安倍氏と同じ考えを持つべきだなどと言う気は全くない。河野氏は氏自身の信念を貫けばよい。しかし、安倍氏の力で当選した若手議員には言いたい。議席欲しさで全く価値観の異なる河野氏の下に馳せ参じるのでは、政治家としての存在意義は何なのか、と。
まず国防に対する河野氏の姿勢は安倍氏との比較以前に控え目に言っても無責任だ。河野氏が防衛大臣だったときにイージス・アショア問題が起きた。同装備は北朝鮮による核ミサイル攻撃に備えるものだ。北朝鮮は9月13日も新型の巡航ミサイルの発射実験に成功したと発表、飛行距離は1500キロメートルで、わが国のほぼ全土が射程内に入る。
北朝鮮や、或いは中国の攻撃に備えるためのイージス・アショアの設置を、河野氏はいきなり中止した。ミサイル発射後には燃料タンクが切り離され、地上に落下する。空のタンクが自衛隊の陣地を越えて民家に落ちる危険性があるという理由だが、民有地を買い取り自衛隊演習地を拡大するなど、対策はいくらでも打てる。そうした工夫や説得を一切せずに、氏はいきなり計画を全て中止した。
北朝鮮や中国からの核ミサイル攻撃があれば万単位の人命が失われる可能性がある。その重大な危険を、タンクが民有地に落下する危険と同列に並べて独断的に判断した。大きな計画を変えるときにはそれなりの準備と代替策が必要だが、それを検討した形跡はない。防衛相としてこのような無責任な決断をした河野氏を若手議員は本当に支えるのか。
国民を騙すような言説
次に経済の基盤であるエネルギーだ。河野氏は原発ゼロを主張してきた。11年に福島第一原発の事故が起きると、超党派議員連盟の「原発ゼロ・再エネ100の会」を設立、立憲民主党の近藤昭一氏と共に共同代表になった。同連盟の公式ブログには河野氏について「※休会中」と注意書きがあるが、同議連が立憲民主主導で共産党及び社民党などが支えていることはメンバー構成からも明らかだ。
河野氏は今はこのような立憲民主や共産党との連携を後ろに引っ込めている。保守陣営の支持を得ようとするためか、原発ゼロの持論は表に出さず、9月10日、立候補正式表明の記者会見でこう述べた。
「安全が確認された原発は当面は再稼働していくことが現実的だ」
同時に核燃料サイクルは一日も早くやめるべきだとも語っている。事実上、青森県六ヶ所村の再処理をやめるという意味だ。
再処理をやめれば各原発から生まれる使用済み燃料の行き場がなくなり、原発を受け入れている自治体は猛反発する。結果として、原発の再稼働など許さないという流れが生まれる。河野氏の発言は目先を変えた原発廃止論だ。
口では原発の安全性確保の上で再稼働させると言うが、原発ゼロに向けて巧妙な仕掛けをしているのが河野氏だ。このような言説を展開することは、「嘘をつく」ということだ。河野氏には明確に説明する責任がある。
再生エネルギー中心で、原発をゼロにして、CO2削減のために火力発電も抑制していくのでは、日本のエネルギーの安定供給は不可能だ。河野氏の下では日本経済は衰えていくだろう。若手議員らよ、こんなに無責任で国民を騙すような言説の主、河野氏を支持する理由を明らかにせよ。