「 ケネディ教授、「米国は衰退しない」 」
『週刊新潮』 2021年3月25日号
日本ルネッサンス 第943回
3月9日、シンクタンク「国家基本問題研究所」が主催した国際セミナー「アメリカは衰退するのか」で、国基研副理事長で、ニクソン研究で名高い田久保忠衛氏と共にポール・ケネディ教授と鼎談した。
米国東部、コネティカット州にあるイエール大学近くの自宅からリモートで参加したケネディ教授は、早々と準備して音声チェックなどに当たっていた。私たちも同様で、双方共に予定より随分前に用意が整った。
自己紹介をして、「宜しければ、始めましょうか」と尋ねた。すると、とても明るい表情で「そうしよう!」とケネディ教授が答えた。
ポール・ケネディという名を聞けば、『大国の興亡』の上下2巻がすぐに連想される。1500年から2000年までの大国の興亡を描いた大著は世界的ベストセラーになった。私の手元にあるのは鈴木主税氏の訳になる1988年版(草思社)だ。当時の私は『文藝春秋』や『諸君!』に寄稿したりしていたが、物書きとしてはまだまだで、ケネディ教授は光り輝く存在だった。その人物が準備完了、早速始めましょうと気さくに応じた。
アメリカは衰退しているのか。今後も衰退し続けるのか。その衰退は相対的か、絶対的か。この問いほど、日本にとって切実なものはない。何といってもわが国の安全保障は米国抜きには今や語れない。中国共産党の世界支配を止めることが出来るのかという問いは、日本だけでなく全世界の命運を左右する重大事である。
ケネディ教授はまず、500年遡って考えてみることを提唱する。
「500年前、中国は世界最大の国でした。欧州はまだ勢力が小さく、米国は存在していません。19世紀を過ぎると、世界の大きな勢力は全世界を支配する立場に立つようになりました。その新たな構図の中で日本も米国も力をつけたのです」
20世紀に入ると第一次世界大戦で欧州が弱体化し、米国と日本が力をつけた。第二次世界大戦で米国が文字どおり大国となり、日本は敗北して、幾百万の国民を失い、世界最貧国水準への没落を経験した。
「中国は失望する」
戦後、日本は再度、世界勢力として台頭、米国はソ連を崩壊に導き唯一の超大国となったが、いま、その力の実態と行く末を、全世界が見定めようとしている。
そうした中、中国は盛んにアメリカ衰退説を喧伝する。親中派の政治家として知られる豪州の元首相、ケビン・ラッド氏は、2013年に国家主席となったときから習近平氏の対米政策は一貫しており、その基本的哲学は、歴史の流れは中国に味方しているというものだと指摘する(「フォーリン・アフェアーズ」誌、21年3~4月号)。
中国は建国100年の2049年には米国を凌駕し、世界にそびえ立つと、すでに宣言しているが、世界最強国になる道程をさまざまな面で前倒ししているとも、ラッド氏は指摘する。たとえば軍の近代化はあと6年、27年までに完了することになったが、これは計画を8年も前倒しした結果だという。大幅前倒しの理由は台湾奪取に向けて全ての面で米国に対して優位に立つためだ。米国支配を打ち砕く具体的目標を掲げ、ひとつひとつ着々と実行する中国に対して、アメリカの反転攻勢が予想以上に制限的であることに中国の方が驚いていると、ラッド氏は書いている。
中国が盛んに喧伝する米国衰退説についてどう考えるかとケネディ教授に問いかけると、中国メディアは米国の衰退について書くことに尋常ならざる関心を抱いているが、それは彼らが戦争をすることなく米国の衰退を目撃したいからだ、と答えた。
中国が米国の衰退説拡散に努めるのは、彼らの得意とする「三戦」(世論戦、心理戦、法律戦)の一端であろう。米国の力が弱まっているとの印象を植えつけることで米国への信頼を弱め、多くの国々を中国の方に引きつけ、或いは米国との同盟に楔を打ち込むことさえできるかもしれない。米国よりも中国の方が頼り甲斐があると思わせる戦法のひとつなのだろう。
右の指摘をした上で、ケネディ教授が断言した。
「米国の衰退は相対的なもので、絶対的なものではありません。米国は台頭する他の国々と立場を共有することが必要になるかもしれませんが、それでも強い国であり続けるでしょう。その意味では、中国は失望するでしょう」
米国は中国に負けない、その力の源泉は強い経済にあるとケネディ教授は語る。顕著な経済成長を実現し米国民に繁栄をもたらすことが、米国政府への信頼、民主主義への尊重と敬意の回復につながり、国全体の安定に寄与する、米国にはそれができる、と強調するのだ。
日本の行く道
但し、これからの米国は同盟諸国と協力して中国に対峙しなければならなくなると予測し、その枠組みとして日米豪印4か国の協力体制を考えた安倍晋三首相を高く評価した。
「歴史を振りかえると、似たような事例があります。第一次世界大戦前、ドイツは多くの船を建造して大海軍を持つに至りました。仏英露などが大変警戒し、やがて第一次世界大戦につながっていったのです。結果は歴史が示しています。
もうひとつの似たような例は冷戦時代のソ連です。彼らも海軍を増強し、地中海まで進出しました。対して米英仏伊などが密接な軍事協力を行い、ソ連の攻撃的活動阻止に動きました」
日米豪印のクアッドも、それへの英国の参加意思の表示も、さらには仏独のクアッドへの前向きの反応も、全て中国の侵略的攻勢が原因だ。ケネディ教授の示した歴史の事例を敷衍すれば、敗れるのは無謀な軋轢を仕掛けた側である。つまり、現在進行形の危機でいえば、敗者は中国、ということになる。
折しも本稿執筆中の15日、米国から国務、国防両長官が日米安全保障協議委員会(2+2)のために来日した。米政府が14日に発表した文書、「堅固な日米同盟の再確認」には、「米国の日本防衛への関与は絶対的」「尖閣には日米安保条約第5条を適用」「中国の挑戦に日米が協力して対応する」などと明記されている。
バイデン政権は、対中宥和派の第二のオバマ政権だとの懸念があった。しかし、右の文書の内容、「2+2」の実現、菅義偉首相のワシントン一番乗りなどはそうした疑いを否定するものだ。
ケネディ教授は日本の行く道として、中国との経済関係が悪化しても代替国はあるが、米国との安全保障関係が悪化すればそれに取って替わる国はないと述べた。
そのとおりであろう。歴史の大きな流れの中で、日本がまともな国家として生き残るために、憲法改正を含めた大改革を実現しなければならないと思わせられた鼎談だった。