「 「学術会議」にモノ申した菅首相の英断 」
『週刊新潮』 2020年10月15日号
日本ルネッサンス 第921回
アカデミズムの権威の衣をまとった日本学術会議に菅義偉首相が物言いをつけた。菅首相の決定は英断であり、高く評価する。評価の理由は後述するが、まず、日本学術会議という組織を見てみよう。
同会議は、日本が米軍の占領統治下にあった昭和24年に設立された。戦時中、日本の学者、研究者、とりわけ科学者が「戦争に協力させられた」として、同会議は政府から独立して政策提言を行う専門家組織と位置づけられた。GHQのお墨つきを得て、東大法学部憲法講座に君臨した宮澤俊義教授以下、今日まで続く東大憲法学者集団と通底する学者集団が創られたと見てよい。
日本学術会議の会員は210人、任期は6年で1期のみ、3年ごとに半数を入れ替える。新会員の候補者は日本学術会議が推薦し、政府が追認する歴史が長く続いた。今回推薦されたのは105人、内、菅首相が任命しなかったのは6名だ。
半数の入れ替えで学問、研究の新気風が巻き起こるかといえばそうではない。推薦者は往々、自分の弟子筋、或いは同系統の学者を推すからだ。真の意味での新しい人材を招き入れる結果には到底ならない。
日本学術会議が政府政策に批判的立場を取ることが少なくないのは、その成り立ちからも自然であろうか。但し、強調したいのは、学界が自由に発想し、研究し、政府に注文をつけるのは大事だということだ。研究者の批判に政府は一定の敬意を払うべきだと私は考える。
しかし、批判が常軌を逸する場合、或いはどう見ても日本国民と日本国の為にならない場合、修正を求めるのは当然だ。日本学術会議には年間10億円の政府予算が注入されており、修正努力は政府の責任でもあろう。政府による修正には幾つかの方法がある。第一は国民の税金から拠出する日本学術会議関連予算の削減、第二は人事である。
政府は今回の任命拒否の理由を明らかにしていない。そのため推測するしかないが、任命されなかった6人の候補者の行動を見ればある程度、理由は推測できるのではないか。
笑止千万
東京慈恵会医科大学教授(憲法学)の小澤隆一氏と早稲田大学法学学術院教授(行政法学)の岡田正則氏は、日本共産党の研究を専門とする雑誌に1999年9月段階で名前が登場する共産党系の学者である。小澤氏は当時静岡大学助教授、岡田氏は金沢大学助教授だった。
両氏の政治活動の実態は華々しい。以下小澤氏の主たる活動歴だ。
◎2002年5月、「有事関連三法案に反対する学者・研究者共同アピール」に賛同。◎04年6月、「憲法改正阻止・9条の会」に賛同署名。◎15年9月、「安保法制の廃止・反対」に署名。◎16年8月、「全国市民アクション9条改憲NO!」に賛同。◎17年7月、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」に賛同。◎19年6月、「安倍9条改憲NO!6月10日全国市民アクション」の会に参加。
小澤氏の極めて活発な政治行動は「赤旗」でも報道されている。氏に加えて今回任命されなかったのは前述の岡田氏ら6名である。全員が15年の「安保法制廃止・反対」の署名者で、彼らの姿勢は憲法9条擁護という宮澤憲法学の根幹に行きつく。
憲法についてどう考えようと、個々人の自由ではある。だからこそ、個々人の思想を問題視したかのような任命拒否は学問・研究の自由を阻害するものだと、当の学者らが言い、日本共産党も立憲民主党も非難するのであろう。立憲民主党の安住淳国対委員長は「(日本学術会議は)『学問の世界の国会』と言われている」と語り、志位和夫日本共産党委員長は「学術会議は、日本の科学者を内外で代表する機関だ」と言う。
笑止千万である。東京大学大学院理学系研究科(天文学)教授の戸谷友則氏は今月2日、「学術会議が『学者の国会』とか『87万人の学者の代表』という言い方はやめて欲しい。学術会議の新会員は学術会議の中だけで決めていて、会員でない大多数の学者は全く関与できないし、選挙権もない」とツイートした。
北海道大学名誉教授の奈良林直氏は「日本学術会議が内外で日本の科学者を代表するというのは虚構にすぎない。彼らの考えに反対する学者は多い」と反論した。
匿名で東京大学理系教授も語る。
「日本学術会議は特定の学者たちが内輪で人事を回しているにすぎない。それなりの力を持ち、学問研究の世界を動かしているが、特定の集団にすぎない彼らにそんな権利はないはずだ」
日本では許されない研究
17年3月24日、日本学術会議は、大学等の研究機関における軍事的安全保障研究は認められないとの声明を出した。軍事研究を禁ずること自体学問・研究の自由の阻害である。さらに声明は日本学術会議のダブルスタンダードを示している。彼らは国内では軍事研究を禁止するが、会員が中国の理系大学や研究所で研究することは何ら禁止しない。
中国は「軍民融合」の国だ。民生用技術も軍事に役立てば全て軍事転用する。民間企業に介入できない民主主義国の日本とは異なるのだ。従って中国での理系研究はどんな名目であろうと、およそ全て軍事研究につながると考えるべきだ。にも拘わらず、日本学術会議は会員が中国の大学や研究機関で中国の研究に貢献することに歯止めをかけていない。
一例が11年に日本学術会議会員になった名城大学教授の福田敏男氏である。福田氏は12年に中国の「外専千人計画」の一員に選ばれた。千人計画とは中国が海外の理系研究者を高い報酬等で広く集めて科学研究に寄与させる遠大な計画である。
福田氏は13年、軍事研究においても優れた成果を出している北京理工大学の専任教授になった。氏について北京理工大ホームページは「マイクロ・ナノロボットや生物模倣ロボットの分野で卓越した人物」、「00年から北京理工大の黄強教授と協力して研究した」と紹介し、「08年から北京理工大学『特殊機動プラットホーム設計製造科学与技術学科創新引智基地』の海外学術講師、10年には『生物模倣ロボット・システム』教育部重点実験室の学術委員会委員に就任、13年に北京理工大学の専任となった」と明記している。
福田氏がこの間、日本学術会議の会員になったことは前述した。軍民融合の中国において、福田氏の研究が中国の軍事につながる可能性は否定できない。氏以外にも中国の理系大学・研究機関で、日本では許されない研究に従事している研究者は少なくない。このことに日本学術会議はなぜ警告を発しないのか。
日中の科学者の交流、中国の千人計画などの間には深い闇があるのではないか。首相判断の是非はこうした懸念を念頭に置いて考えるべきだ。