「 文在寅、親北反米路線で確信犯 」
『週刊新潮』 2019年4月25日号
日本ルネッサンス 第849回
南北両朝鮮が米国に追い詰められている。とりわけ韓国の文在寅大統領への米国の圧力は巧妙である。
4月11日、文氏は“建国”を祝う予定だったが、米韓首脳会談のため、大事なその記念式典を諦めて訪米した。にも拘わらず、ホワイトハウスでのトランプ大統領との会談は、前代未聞の哀れな結果に終わった。
文氏は10日にソウルを出発し、同日夕方にワシントンに到着したが、米国側との予定は一切組まれていなかった。翌11日午前中に、ポンペオ国務長官、ボルトン大統領補佐官、ペンス副大統領とそれぞれ面会したが、三氏共に文氏の北朝鮮寄りの姿勢に批判を加えたと見られる。北朝鮮に非核化の意思は読みとれず、制裁緩和はあり得ない、米国はむしろ制裁強化を考えていることなどが強調されたと考えてよいだろう。
その後、トランプ、文両首脳は夫人を伴って首脳会談を行った。夫人同伴の首脳会談など通常はあり得ない。トランプ氏は文氏と二人で語り合う必要を認めていなかったのだ。現に会談冒頭、メディアからゴルフのマスターズトーナメントの勝者は誰になると思うかと問われ、トランプ氏は文氏を横においたまま延々と語った。結局27分間もトランプ氏の話が続き、文氏との会談時間は驚きの2分間、しかも通訳つきだ。その後に他の閣僚たちも参加しての昼食となった。4月12日、ネット配信の『言論テレビ』で元駐日韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏が語った。
「2月末にベトナムの首都ハノイで米朝会談が決裂した後、文氏は康京和(カンギョンファ)外相や鄭景斗(チョンギョンドゥ)国防部長官を米国に送り、三度目の米朝首脳会談の開催や対北朝鮮制裁の解除を要請させました。対北経済援助で米国には負担をかけない、韓国が負担するので開城(ケソン)工業団地も金剛山(クムガンサン)観光も再開させてほしい、などとも言わせました。米国側は全て拒否し、そのような話題であれば、米韓首脳会談はなしだと、通告したのです」
一人飯
朝鮮問題の専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」研究員の西岡力氏も『言論テレビ』で語った。
「朝鮮語で『一人飯』をホンバプといいます。韓国の若者の間で一人でご飯を食べるのが増えていて、ホンバプという言葉が流行っているのです。文氏は米国到着の10日夜がホンバプ、11日朝もホンバプ、11日昼にようやく米国側との食事にあり付いた。本当に相手にされなかったのです」
米国の厳しい態度は文政権の裏切りに対する冷遇だと洪氏が断じる。文氏の裏切りとは、米朝首脳会談を実現させるために、文氏が金正恩氏は北朝鮮の非核化を決意していると米国に伝えたことだ。正恩氏が表明したのは北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化である。これは韓国を守るために米国の核を使うという発想自体もなくしてしまうこと、即ち米韓同盟の破棄を目指す言葉であり、北朝鮮が所有する全ての核や関連施設の一掃とは、全く異なる。
当初、北朝鮮の非核化に希望を抱いたトランプ政権は、やがて正恩氏に非核化の意思がないこと、文氏の嘘を確信したと思われる。国連制裁に違反してでも北朝鮮支援に動こうとする文氏を牽制するために、米国政府は文政権の頭越しに韓国の経済界に働きかけ始めた。
昨年9月には、ニューヨークにある韓国の七つの銀行の支店に米財務省が直接電話をして、米国が北朝鮮に制裁をかけていることを承知しているかと警告した。西岡氏が語った。
「韓国系の銀行は現在、送金業務を止めているといわれます。もし送金に北朝鮮と関係する資金が入っていれば、米国の副次的制裁(secondary sanction)を受け、一切のドル決済が停止されるやもしれない。そうなったら銀行は潰れます」
昨年4月27日の板門店での南北首脳会談にも、9月18日の平壌での南北首脳会談にも、文氏は多くの韓国企業代表と開城工業団地の組合長らを同行させた。文氏は金正恩氏と共に白頭山に登ったが、そのとき正恩氏に開城工業団地組合長を紹介し、組合長に直訴させた。「委員長様、何とか開城工業団地を再開させて下さい」と。
正恩氏は今年新年の辞で「南朝鮮の人民の要望に応えて、無条件で開城工業団地を再開する」と演説し、それを受けて文氏は開城工業団地再開で米国を説得すると公言した。だが、北朝鮮を利するだけの工業団地再開には、前述のように米国が完全拒絶の姿勢を貫いた。
支持率は下がる一方
その間、ソウルの米大使館の専門官は文氏に同行した財閥や企業に直接電話攻勢をかけた。米政府が北朝鮮に制裁をかけているのは承知か、と警告したのである。洪氏が強調した。
「米国は朝鮮半島での70年間に多くの教訓を得ています。そしていま、文在寅と韓国企業を切り離しているのです。文は米国の警告を聞かない。ならば企業や韓国国民に直接働きかけようというわけです。核を諦めない北朝鮮に送金を続けるのか、米国との貿易や自由社会との絆を選ぶのか、と米国は迫っています」
韓国国民も文氏の危うさを実感しているに違いない。支持率は下がる一方だ。経済は停滞し失業率は高まり続けている。にもかかわらず、文氏は最低賃金をこの2年間で約30%も引き上げた。残業を規制し労働時間を大幅に短くした。人件費は高騰し、倒産は急増、失業率がさらにはね上がる悪循環である。笑い話のような現実を西岡氏が紹介した。
「統計上失業者が増えると困るので、文氏は60歳以上の失業者に週1回大学に行って電気を消す、又はゴミ拾いをするなどの仕事を作り、役所が賃金を払うことにしました。税金で失業率の統計に化粧を施しているのです」
支持率低下や米国の警告にもめげず、親北路線を変えない強い反米の意思が文氏の人事から読みとれる。一例が統一部長官に指名された金錬鉄(キムヨンチョル)氏である。この人物は米国が韓国に要請したTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備に反対し、開城工業団地の早期再開を主張する反米主義者である。
同人事は韓国議会の反対にも拘わらず、文氏は考えを変えなかった。文氏は米国に公然と対立姿勢を見せたに等しく、米国を欺く手法で開城工業団地再開をはじめ北朝鮮支援に走り出しかねない。
暴走の気配を見せる文氏に、米国が対決姿勢を強め、韓国国内では対抗勢力が力をつけつつある。2月27日、自由韓国党の代表に黄教安(ファンギョアン)氏が選ばれた。朴槿恵政権で法務部長官や首相を務めた公安検事出身の62歳は、文政権の安保政策と経済政策を「亡国政策」と批判する。
野党勢力はまだ弱いが、それでも文氏の足下は決して盤石ではない。韓国はいつ何が起きてもおかしくない緊張の中にある。