「 柔軟路線へ移行する米国の対北朝鮮政策 日本にとっても朝鮮半島外交は正念場だ 」
『週刊ダイヤモンド』 2019年2月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1267
トランプ米政権の北朝鮮担当特別代表、ステファン・ビーガン氏が、その職に就いて5カ月、初めて公式の場で講演した。
1月31日、スタンフォード大学での講演で明確になったのは、トランプ政権の対北朝鮮政策の進め方が変わるということだ。一口にいえば、北朝鮮が核廃棄を明確な形で成し遂げない限り見返りは与えないという、日本が繰り返し主張してきた原則論から、より柔軟な路線への移行をトランプ政権は考えているとみられる。
ビーガン氏は開口一番、「トランプ大統領は戦争(朝鮮戦争)を終了させる準備を整えている。終わったのだ。我々の北朝鮮侵略はない。我々は北朝鮮の政権転覆を目指してはいない」「私、そしてもっと大事なのは合衆国大統領が、過去70年間の朝鮮半島における戦いと憎しみを終わらせる時だと確信していることだ」と、述べた。
北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長への妥協で在韓米軍の撤退もあり得るかとの懸念に関して、「そのような交渉はまったく行われていない。過去にもない」と強調したが、こうも述べた。
「金正恩は、米国が相応の対策をとる場合、すべてのプルトニウム及びウラニウム濃縮設備を解体し破棄することにコミットした」「我々の側は(それに対応する)多くの具体策を議論する準備を整えている」
ビーガン氏は北朝鮮の非核化に非常に楽観的だが、これより前の1月20日、政策研究機関「戦略国際問題研究所」(CSIS)が北朝鮮の東倉里ミサイル施設の解体作業が進んでいないことや、未公表の複数の核・ミサイル関連施設が存在することを示す画像を公開した。29日には国家情報長官のダン・コーツ氏が、「北朝鮮が核兵器を完全に放棄する可能性は低い」と上院情報特別委員会で証言した。
ビーガン氏はこうした情報について、「情報の正確性ではなく、公開の仕方が不満だ」とし、「もし、私なら同じ情報をこのように公開するでしょう──米国への深刻な脅威がここに存在している。我々の外交路線を変えることで北朝鮮を変えることができるかを見極めるために、北朝鮮と外交関係をより深めることが重要だ、と」。
米国はなぜこんな希望的観測に基づく柔軟路線に転換したのか、その背景はビーガン氏の講演から読みとれる。
「トランプ大統領と金委員長の方式はトップダウンです。成功すれば二国間関係は根本的に生まれ変わる」
過去5カ月間、北朝鮮との交渉の時期と場所を決定するのにも大いに苦労したビーガン氏は、北朝鮮は真意を測り難い国だと言う。だが、トランプ氏は北朝鮮非核化をいつも「希望に燃えた星のような目」で語るそうだ。トップダウンで北朝鮮の非核化を達成できる、トランプ氏はそう確信しているということであろう。そのような型破りの二人の首脳を信頼すれば、年来の常識的外交路線から離れて、両首脳の「手腕」に期待することになるだろう。
米国の北朝鮮外交は日本のそれに直接的かつ大きく影響する。横田めぐみさんら多くの日本人が今もとらわれている。北朝鮮への姿勢を緩めて大丈夫か、とトランプ氏の前のめりの姿勢に懸念を抱くのは当然である。
別の理由からトランプ氏の北朝鮮政策に気を揉んでいるのが中国国家主席の習近平氏だ。安易に論ずることはできない中朝関係だが、中国が北朝鮮の動向掌握に努め、北朝鮮と米国が、中国の頭越しに関係を深めていくのを恐れているのは確かだ。何としてでも北朝鮮をコントロールし、朝鮮半島を影響下に置いておきたいのである。
しかし今、トランプ氏の進める外交はまさに中国の頭越しになりかねない。韓国が北朝鮮につき従い、米朝が結び、中国が反発するという展開も含めて、日本にとっても、朝鮮半島外交は正念場。緩和策の危険を米国に説く時だ。