「 全道停電は原子力規制委の知的怠惰が原因 」
『週刊新潮』 2018年9月20日号
日本ルネッサンス 第819回
9月6日未明、北海道が最大震度7の地震に襲われた。9日現在で犠牲者は42人、1人が行方不明だ。
地震の被害をさらに広げたのが、わが国初のブラックアウトの発生だ。電力喪失でサーバーも工場のモーターも全て停止し、新千歳空港もJRも物流も止まった。モーターで汲み上げる水道も止まった。病院の生命維持装置、透析機器、保育器も動かない。病院などの非常用発電機の燃料タンクは消防法で強度や素材が限定されており長時間は持たない。停電が長引けば命の危機に直結する。事実、非常に危険な事態が発生していた。
6日午前5時頃、札幌市内の病院から、0歳女児の酸素吸入器が止まり、重症に陥ったと消防署に連絡があった。札幌市は、女児は別の病院に運ばれ処置中だと説明したが、9日現在、回復したとの明確な報道はないため、赤ちゃんの健康が懸念される。
腎臓を患っている人たちは3日間透析できなければ深刻な影響を受ける。停電は透析に必要な水と電気を奪い患者を命の危機に晒している。
こうした中、「北海道放送(HBC)」が7日19時27分に、「停電の影響とみられる死者が出た」との情報を伝えた。「北海道文化放送(UHB)」も同日21時45分に同様の情報を配信した。
それらによると「北海道東部の標津町に住む40代の会社員の男性と、上川の上富良野町に住む70代の自営業の男性2人が、6日夜、ガソリン式の発電機を使い、一酸化炭素中毒で死亡した」。男性2人の理不尽な死はまさしく停電がもたらした。
電力喪失で危険に晒されるのは人間だけではない。北海道の基幹産業である酪農においても同様だ。停電の解消は徐々に進んだが、その間に乳牛の乳房炎防止のワクチンはほぼ全滅の可能性が高い。人間用も含めて多くのワクチンは、2度から8度の間で保管しなければ使えなくなるためだ。
菅直人政権とは違う
乳牛は、毎日、同じ時間に搾乳しなければ乳房が張り、痛みや熱が出て、半数が1日で乳房炎になるといわれる。最悪の場合、そのまま廃用、つまり殺処分にされる。ワクチン投与で乳房炎が治まったとしても、生乳の出荷が禁止される休薬期間が1週間から10日間程度発生する。これだけでも酪農家にとっては大変な被害だが、今回、乳房炎防止のワクチンがほぼ使えなくなったということであり、被害の拡大が予想される。
停電によって社会全体のインフラが機能を停止し、トイレの蓋の開閉や水洗のタイミングでさえも自動で行われる、高度な便利社会となった現代の日本から、そうした機能を全て奪い取ってみせたブラックアウトが、どれ程の真の被害をもたらしたかを見極めるには、今少し時間が必要だろう。
このような被害をもたらしている全道停電が起きた要因は、電力供給を一か所の火力発電所に大きく依存していたからだ。北海道の電力は今回の震源地近くに立地する苫東厚真(とまとうあつま)発電所が約半分を供給していた。165万キロワットの発電能力を持つ道内最大のこの石炭火力発電所が地震で緊急停止したため、需給バランスが一挙に崩れて全道停電となったのである。東京工業大学特任教授の奈良林直氏が語った。
「電力は常に需要と供給が同量でなければ周波数が安定しません。周波数が乱れると発電機や電気を使用する機器が壊れる可能性があり、最悪の場合は大規模な停電になります」
今回、苫東厚真の停止で、電力の供給が一気に落ちた。突然、バランスが崩れ始め、北海道電力は連鎖的に発電所を停止せざるを得なかったわけだ。では火力発電所はなぜ停止したのか。再び奈良林氏の説明だ。
「実は火力発電所は構造的に地震に弱いのです。鋼鉄製の分厚い原子炉圧力容器に燃料集合体が収納され、耐震補強を徹底的に施した原子力発電との違いです。火力発電では、ボイラーで生み出された熱を伝える伝熱管群と呼ばれる管を、熱膨張を避けるために数十・の長さにわたって上部から垂直に吊り下げます。この構造は今回のような直下型の縦揺れに弱く、苫東厚真では1,2号機のボイラーの伝熱管が縦揺れで損傷し、高温高圧の蒸気が吹き出しました。4号機はタービンで火災が発生し、火柱が上がりました。復旧は当初予定の1週間より長くかかるでしょう」
にも拘わらず、政府の対応は速かった。3.11のときの菅直人政権とは明らかに違う。苫東厚真の機能停止を受けて、その他の使える水力発電所、火力発電所を直ちに再稼働させ、民間企業の発電量も組み込んで、驚く程のスピードでほぼ全世帯に電気を通した。9日現在、節電を呼びかけなければならない状況ではあるが、安倍政権の危機対応は高く評価すべきだろう。
原発を活用しないのか
しかし最も重要な点が置き去りにされている。何故、北海道の電力供給のもう一本の柱となり得る泊原発を活用しないのか。泊原発の発電容量は207万キロワットで苫東厚真発電所よりも大きい。今回の地震で泊原発は一時外部電源を喪失したものの、非常用発電が正常に起動した。泊原発を稼働させていれば、全道停電は起きていなかったと思われる。バランスが取れていて安定した電力供給の一端を泊原発に担わせることを、少なくとも議論すべきである。
泊原発の稼働が許されていない現状は、原子力規制委員会(以下規制委)の専門家集団らしからぬ知的怠惰ゆえではないか。泊原発は2011年の3.11のときも正常に稼働していたが、2012年5月5日、定期検査のため、運転を停止した。
同年、民主党政権下で規制委が設置され、田中俊一氏が初代委員長に就任した。規制委は3.11を受けて新たな規制基準を設け、新基準に基づく安全審査を始めた。当初審査に必要な期間は「半年程度」とされた。
だが、彼らは次々に新しい審査項目を追加し、基準とすべき数値をなかなか決められず、迷走を続けた。加えて、安全審査終了後に一般から意見を聴くパブリックコメントを実施した。「読売新聞」は2014年2月22日付の社説で「不合理な手続きを取り入れることで、結論がさらに先送りになりかねない」と批判した。
規制委への評価が厳しいのは、原子力に関する国際社会の権威、国際原子力機関(IAEA)も同様だ。IAEAは、16年4月23日、次のように日本に言い渡している。
「(日本の)原子力規制委員会は、その人的資源、マネージメントシステム、及び特にその組織文化において、初期段階にある」と。
全否定に等しい手厳しい指摘を受けた規制委はいまも、相変わらずだ。泊原発の敷地内の断層の有無を巡って神学論争をしており、これがあと2年は続くといわれている。
知的怠惰、無能力と無責任によって再稼働を引き延ばす彼らにこそ、先述した2人の男性の命を奪った直接の責任があると、私は考えている。