「 北をめぐる米中の闘いが激化 」
『週刊新潮』 2018年6月7日号
日本ルネッサンス 第805回
6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一歩近づくという見込みだ。
5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えはどう変化したのか。
まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求すれば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。
1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。
トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペオ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。
内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べて、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だった。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。
首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあった。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、それを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズグズ状態が続くという、最悪の結果である。
不満だらけの発言
今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。トランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。
「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしできなければ、会談はない」
トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しながら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。
中国関連の発言は次のとおりだ。
・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助けてくれるかを考えている」
・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)主席から頼まれたから検討している」
・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らない。気に入らない。気に入らない」
トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。
・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」
・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」
北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不満だらけの発言だ。
この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。
こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減らすとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用したのではないか。
いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。
「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けながら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしていると警告しています」
中国に厳しい目
エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの真っ只中にあると強調する。
米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバマ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策を推進した人物です」
キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になると期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。
米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではないが、変化は明らかに起きている。
5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争っている南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施した。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。
それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)への中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの対抗措置か。
中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳しさを増しているのである。
シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言するのが安倍首相の役割だ。