「 北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ 」
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、再検討せざるを得ない」と発言させた。
桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこれらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、個人名を挙げて激しく非難した。
ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサイル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とする報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。
拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。
正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。
それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれるのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。中国の国営通信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待したもので、北朝鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済建設と改革開放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。
中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威からも守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。
米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行われれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると共に、非常に重要な別のことも語っている。
ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。
「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」
同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルトン発言を後退させた」と報じた。
トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間には微妙な相違がある。
正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。
ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返りを与えるのかと思わせる発言をした。
ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発言を変えてはいない。
国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサイル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行動を封じ込める思惑が見てとれる。
「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、まさに日本の国難が眼前にあるということだ。