「 米大統領の対中政策を活用せよ 」
『週刊新潮』 2018年2月1日号
日本ルネッサンス 第788回
ドナルド・トランプ氏の大統領就任から丸1年が過ぎた。アメリカのメディアは新聞もテレビもトランプ政権1年を振り返り、論評に明け暮れている。CNNはそのリベラル志向ゆえに徹底した反トランプの論調が目立つメディアである。そのことを念頭に置いて割り引いて視聴しても、徹頭徹尾のトランプ批判には、いささか疲れる。ちなみに、アメリカでは「リベラル」という言葉は余りにも手垢のついた印象が強く、左の人々も、もはや自身を「リベラル」とは呼ばず、「進歩主義者」(progressive)を自称することが多いそうだ。
保守的な「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)から、進歩的な「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)、「ワシントン・ポスト」(WP)までを読み較べると、左右関係なく、どのメディアもトランプ氏の性格分析や人物評価にかなりのスペースを割いているのが面白い。それだけトランプ氏の言動が予測し難いということだ。
WSJが1月19日の紙面で、トランプ氏に実際に会ったことのある50人による印象をまとめていた。彼らは以下のような特徴を語っていた。
◎話題が突如、あらぬ方向に変わる。◎演説の最中に他の話題をさし挟んだり、聴衆の中に知人を見つければ呼びかけたりして一貫した話にならない。◎非常にあけすけに対象人物を侮辱する。◎説得されて考えを変えることもある。◎説得するにはトランプ氏の直感は正しいという大前提に立ち、実際には彼の考えとは正反対の助言をすると、その方向で考えを変えることもある。◎トランプ氏の指示を実行するのに時間をかけると、その間に考えが変わることもある。◎率直な助言には耳を傾ける。◎共和党の重鎮議員には国賓用の椅子を用意する。◎議員の子供にもエアフォースワンのロゴ入りチョコレートを与えるなど優しい。◎ゴルフコースで、どの木が枯れていて、どの木のどの枝を切るべきで、どの植物がどんな菌類に侵されているかなど、わかりにくいことを喋る。
略奪的経済政策
このようなコメントを並べても、トランプ氏の戦略や政策の理解にどこまで役立つか、わからない。だが、トランプ氏が歴代大統領と較べて型破りであることは明確に伝わってくる。
米ヴァンダービルト大学名誉教授で、同大日米研究協力センター所長のジェームス・アワー氏の助言を思い出す。トランプ氏の言葉やツイッターでの発言には気をとられず、彼が実際に行っている政策を見るべきだ、というのである。
その意味で、昨年12月にトランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」と、今年1月19日にジェームズ・マティス国防長官が発表した「国家防衛戦略」は明確な判断基準となる。
「国家安全保障戦略」を現場の戦術に置き換えて説明したものが「国家防衛戦略」である。その内容は中国とロシアの脅威を言葉を尽くして強調するものだ。
「中国はアメリカの戦略的競争相手で、彼らは南シナ海の軍事化を進めつつ、略奪的経済政策で周辺諸国を恫喝し続ける」「ロシアは国境を侵し、経済、外交、安全保障の問題で拒否権を用いて近隣諸国の利益を損ねる」。
略奪的経済政策とはよく言ったものだ。トランプ政権らしい「あけすけ」な表現で中露を責めている。ブッシュ、オバマ両政権が「テロとの戦い」こそアメリカの最大の課題とした路線を、トランプ政権は大きく変えたことになる。
とりわけ中国への警戒心は強く、彼らは地球規模でアメリカの優位性を奪おうとしていると警告し、アメリカは打撃力を更に強める必要があると断じている。
マティス国防長官が署名したこの文書には、強い殺傷能力を示す「lethal」という言葉が、度々登場する。米国防総省は真の脅威は国際テロリスト勢力ではなく、北朝鮮の背後に控える中国だとして、中国に対してlethalな能力を持つべきだと言っているのである。オバマ政権とは何という違いであろうか。その現実認識は正しいのであり、日本にとっては歓迎すべきものだ。
トランプ氏のことがよくわからないと感ずるのはアメリカのメディアだけではないだろう。日本のアメリカ研究者もメディアも、さらには外務省も同じではないだろうか。だが、政権発足から1年が過ぎて、私たちが見ているのは前述の文書である。トランプ政権の正式な戦略方針だ。これによって、アメリカは自動的に日本の側に立つなどとは到底言えないが、日米両国の戦略的基盤には、対中国という視点から共通項がしっかりでき上がったということだ。
もうひとつ、同時期に発表された米通商代表部(USTR)の中国とロシアに関する年次報告書も重要である。中国に関しては161頁、ロシアに関しては59頁に上る報告書である。
中国政府の介入
両国は世界貿易機関(WTO)への加盟を許されているが、彼らはWTOに加盟したときに公約した市場経済のルールを守っていないと、USTRは非難している。その結果、世界の貿易慣行や制度が危機に晒されているとして、中国に関して次のように具体的に踏み込んだ。
WTO加盟から約20年、中国市場へのアクセスは未だに制限され、中国政府の介入は多岐にわたる。中国政府はアメリカ企業の最先端技術や知的財産の移転を強要する。中国政府は国家主導の経済体制を築いて、外国企業に不利な条件を課す。これらは悉くWTO加盟国には馴染みのない不適切な慣行である。
このように厳しい非難を中国に浴びせたうえで、中露両国のWTO加盟をアメリカが支持したのは間違いだったと結論づけている。
国防総省の指摘もUSTRの指摘も、現実に基づいたものである。否定する材料はないと言っていい。日本にとって大事なことは、トランプ氏の言葉ではなく、政権が打ち出す基本戦略を見て、中国に対する評価を共有することだ。具体的に問われるのは、「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)へ参加するか否かということでもあろう。
自民党内には、「一帯一路」に積極的に協力すべきという意見もある。だが、ここはあくまでも慎重に行動すべきであろう。米中両国が二つの体制、二つの価値観を掲げてせめぎ合っているのである。日本は、如何なる意味でも中国に加勢して、中国共産党主導の世界の構築に資するようなことをしてはならない。
トランプ政権の行動を見て、日本の国益に繋げていく判断が必要だ。トランプ氏の暴言などによって、アメリカへの信頼が失われつつあり、国際政治に空白が生じている。日本はアメリカと協力し、出来るだけその空白を埋めていくという発想を持つべきだろう。日本の価値観を打ち出すときでもある。