「 めぐみさん拉致から40年、母の想い 」
『週刊新潮』 2017年11月16日号
日本ルネッサンス 第778回
北朝鮮相手の過去20年余の交渉の歴史は常に北朝鮮の騙し勝ちに終わってきた。拉致問題の解決も非常に厳しい。解決の可能性があるとすれば、それはやはり、安倍政権下でのことだろう。
11月6日、横田早紀江さんら拉致被害者10家族17人の皆さんがドナルド・トランプ大統領と面会した。同日の夕方、早紀江さんと電話で語った。彼女の声がかすれている。
「主人がいまデイ・ケアから戻ってきました。ソファで一休みしてもらっています。私も大統領や総理とお会いして先程戻ったばかりです」
めぐみさんがいなくなって来週で40年になる。北朝鮮による拉致が判明し、家族会を結成してから20年だ。13歳のめぐみさんが53歳になり、早紀江さんも滋さんも年を重ねた。長い年月の余りにも多くの悲しみや絶望、怒りや祈りが、横田さん夫妻の健康に影を落とす。そうした中、早紀江さんは同日、トランプ大統領に伝えたという。
「国連で拉致問題を取り上げ世界中に発信して下さったことに本当に驚き、感謝したこと、ご多忙の中で私たち家族にお会い下さって心からお礼を言いたかったことを話しました。1人1分が目途でしたので、私はその2点を申し上げました」
トランプ夫妻も安倍晋三夫妻も、非常に近い距離で車座になるような形で話を聞いてくれたそうだ。トランプ大統領はめぐみさんの弟の拓也さんが持っていた写真を手に取り、メラニア夫人と共にずっと見入っていたという。
早紀江さんの次に曽我ひとみさんが今も行方のしれない母のミヨシさんについて語ったが、拉致被害者本人の話をアメリカの大統領が聞くのは初めてのはずだ。
「トランプさんはテレビで見るような猛々しいイメージの人では全くありませんでした。むしろ、とてもあたたかい、家族想いの人だと感じました。大統領も夫人も大きくて、152センチの私はまるで小人のように感じました」
「北朝鮮は悪魔の国」
語る早紀江さんは、これまで3人のアメリカの現職大統領に会っている。ブッシュ、オバマ、そして今回のトランプの各大統領だ。ブッシュ大統領にはホワイトハウスに招かれた。明るい性格で、早紀江さんを「マム」と呼び肩を抱き寄せた。
オバマ大統領とは東京の迎賓館で会った。中々姿を見せず会談は遅れて始まったが、オバマ氏は最後まで立ちっ放しで語った。冷静で感情を表に出さないという印象を残した。
トランプ大統領はそうした中、国連でのスピーチで拉致問題に言及するなど、これまでよりも心情的に多くを共有してくれている印象だ。
「めぐみちゃんの拉致からここまで必死で来ましたが、長い道のりですね。北朝鮮は悪魔の国です。向こうの国民も可哀想です。私は何十年も同じことを訴えてきました。最初は聞いてもらえませんでしたが、今、アメリカの大統領も耳を傾け、世界に発信して下さる。北朝鮮の異様な在り方も世界の前に、明らかになってきました。この40年は信じ難い程、長かったのですが、ここまで来るのに40年が必要だったということでしょうか」
早紀江さんは自身の人生を宿命だと受けとめているという。めぐみさんの人生も同じく宿命だと早紀江さんは考える。そのうえで大変な人生だと、深い息を吐くように語った。
早紀江さんも他の家族の皆さんも、トランプ大統領には肉親を奪われた一人の家族としての思いを伝えたという。この点について、20年間拉致問題に関わり続けてきた「救う会」会長の西岡力氏が語った。
「アメリカの圧力は日本にとって大きな支援ですが、家族の皆さんはよく理解しているのです。拉致問題はアメリカの問題ではなく、あくまでも日本の問題だということを。従って、大統領には拉致問題の深刻さを聞いてもらうのがよいのであり、アメリカ政府に何かしてほしいと頼むのは筋違いだと、皆さん認識していました。その意味では、家族の皆さん方は本当に立派な大人であり、立派な日本人です」
これまでアメリカの大統領が家族に会うとき、日程はギリギリまで発表されず、家族も待たされた。だが、今回は対照的だった。大統領の正式日程に、安倍晋三首相主催の家族との面会の席に参加すると明記されていた。家族との面会が、自衛隊や在日米軍と会うのと同列の公式行事になったのだ。これだけで北朝鮮には大きな圧力となる。再び西岡氏が語る。
「このように正式な形で家族の話を聞こうという気持にトランプ大統領がなった。そういう気持に安倍首相がトランプ大統領をさせた。これは大変なことです。これで、たとえば追い詰められた金正恩が、或いは金正恩を除去した次の政権が、核よりも拉致を先に解決したいと言ってきたとき、日本政府は核解決の前に拉致解決で動くことができます」
日本独自の制裁
これまでは核が解決されていないのに拉致問題で日本が動けば、アメリカは日本が裏切ったと疑う可能性があった。だが、ここまで大統領に家族の声を聞いてもらえば、そのようには考えないだろうというのだ。
加えて、日本が北朝鮮の核問題でアメリカの意図に反する行動をとることは、理性的に考えればあり得ない。北朝鮮の核は、アメリカ以前に日本にとってより深刻な脅威であるからだ。
これから嵐が吹き荒れるかもしれない北朝鮮問題で、拉致解決につながるどんな細い道筋も、日本政府は逃すことはできない。安倍首相はその細いひと筋の、解決への道をたぐり寄せるためにアメリカをはじめとする国際社会を動かして強い圧力をかけ、金正恩氏が命乞いをしてくるところまで追い詰めようとしてきた。
こう書くと、朝日新聞などは、即、「もっと北朝鮮と話し合うべきだ」と主張するのであろう。だが、昨年9月に安倍首相が国連で行った演説を読んでみることだ。90年代前半以降、今日まで、日本のみならず世界が北朝鮮に騙されてきたことを、具体的にきちんと説明している。首相の、事実を踏まえた説得に、世界が納得して制裁を科したのだ。
6か国協議などで、北朝鮮の言葉を信じて資金や石油を渡してきた。その結果、94年段階で核も弾道ミサイルもなかった北朝鮮がいま、水爆とICBMを手にしようとしている。であれば、解決の道はもはや話し合いではなく、圧力で北朝鮮に悟らせるしかない。自身の命を守るには核とミサイルを諦め、拉致被害者を日本に戻すしかないと、金正恩氏に悟らせるところまで追い詰めることが必要なのだ。安倍首相は6日、北朝鮮の35団体・個人を特定して資産凍結するという、日本独自の制裁を加えることにした。それがめぐみさんたちを救う道だと思う。