「 どの候補も評価できない米大統領選 メディアの攻撃で人材劣化の米国政治 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年4月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1130
ハワイ大学で私が共に学んだ留学生仲間たちの幾人かはいま米国に住んでいる。さまざまな州に住み、仕事も多岐にわたる。共通点は米国籍を取得し、家族をつくり、米国を愛し、誇りを持って生きていることだ。級友たちは、どちらかといえば民主党支持者の方が共和党支持者よりも多い。
彼らが「いまなぜこの5人なのか」と問うのは、大統領選挙を目指して指名獲得を争う共和党の3人と民主党の2人のことだ。ヒラリー・クリントン氏に投票すると明言したハワイ在住で同じ寮に住んでいた日系女性は、今回はどんな人にとっても「究極の次悪(lesser evil)の選択」だと断言する。
「ヒラリーは頭脳明晰なのに正しい判断のできない女性。これまでのキャリアから見て、彼女が大統領を目指すことは自他共に認めてきたはずなのに、一講演で12万ドル(約1300万円)もの講演料を受け取るなんて、判断能力を疑ってしまう」
ラスベガス在住のイタリア人の級友はドナルド・トランプ氏を酷評した。
「彼はメキシコ国境に高い壁を築くと言うけれど、メキシコ人は壁なんて乗り越えない。壁の下に穴を掘ってそこから潜り込むのよ。1200万人を超える不法移民を全員追い返すとも言うけど、そうしたらラスベガスのレストランは全て閉店でしょうね。だって働く人がいなくなるもの」
香港出身で旅行業で身を立てる級友は、共和党のジョン・ケーシック氏とテッド・クルーズ氏を酷評した。
「ケーシックは自分の業績の自慢話ばかりだ。政治家が国民のために働くのは当然なのに、聞いてて不愉快だ。クルーズはトランプとの比較においてのみ、ましに見えるけれど、トランプなしのクルーズって、少し怖いよ」
ラスベガスの級友が付け加えた。
「サンダースの教育費無償の公約は、財政的にも議会での共和党と民主党の力関係を考えても、実現性はないでしょう。21世紀の自由の国の米国に社会主義的発想を持ち込むことには、絶対、反対よ」
立場や信条は異なっていても、友人たちは皆、大統領になるのはクリントン氏しかいないと言う。中国とロシアを除けば国際社会の多くの国や民族も恐らく、似たような思いではないだろうか。ただ、同氏にはeメールの私的使用に関して起訴される可能性があることも忘れてはならないだろう。
候補者同士の公開討論で飛び交う言葉の激しさと下品さ、自分のみ正しく相手は間違っているという非寛容な価値観に友人たちは皆ウンザリしていた。なぜ、このような人々ばかりが大統領選予備選に出るのか。激しいメディアの攻撃でまともな人が政治から遠ざかることによる人材の劣化だと言う。
メディアが激しい政治家たたきを始めたのは、ジョン・F・ケネディ大統領の後継者となったリンドン・ジョンソン大統領のときだというのは「ウォールストリート・ジャーナル」紙でのJ・エプスタイン氏の分析だ。ベトナム戦争の解決をめぐってメディアを敵に回したという理由だそうだ。
メディアによる大統領とその家族への攻撃は、リチャード・ニクソン大統領のときにさらに激化し、ウォーターゲート事件をきっかけに「インベスティゲイティブジャーナリズム」(調査報道)が脚光を浴びたと氏は指摘する。
パナマ文書の分析を進めているのも国際調査報道ジャーナリスト連合であり、優れたメディアに調査報道は欠かせないが、それは一面ではスキャンダル暴きとなる。その効果はインターネットで異次元にまで高められた。
トランプ氏はそうした状況の中で登場した。真実性に疑問の付きまとう攻撃がネットで拡散され、力を持ち、米国も世界も揺らいでいる。こんな時代の防御策は、ひたすら賢くなることしかないのである。