「 オバマ米政権、行き詰まるテロ対策 」
『週刊新潮』 2015年12月17日号
日本ルネッサンス 第684回
12月6日、オバマ米国大統領がホワイトハウスの執務室から全米向けのテレビ演説を行った。画面に映った大統領の表情は精彩を欠いていた。カリフォルニア州サンバーナディーノで起きたテロ事件を受けて、テロと戦う確固たる意思表示のための重大演説だ。力強い眼光が両眼に溢れていなければならない。しかし、大統領は沈んだ目で語った。
「テロの脅威は現実のものだが、我々はそれを克服する。我々は強く賢く、忍耐強く容赦なく攻撃し、勝利する。アメリカの力の全てを注入する」
言葉は立派である。しかし、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は、大統領提案は米国内の銃規制とビザ発給手続きの厳格化だけで、新たな軍事的対処はなかったと、手厳しい論評を加えた。
WSJ紙は約3週間前の11月15日、「目をさましなさい、大統領閣下」というオバマ批判の社説を書いた。同紙は大統領の外交・安保政策の優柔不断さを一貫して批判してきたが、11月13日に大統領が「ABCニュース」で「我々はイスラム国を封じ込めた」と語った直後、パリの6か所でイスラム国勢力がテロ襲撃事件を起こし130人が殺害されたことを受けて、容赦ない批判を浴びせたのだ。
「封じ込めた」という自身の楽観をあざ笑うかのようなテロに直面して、オバマ大統領は急遽、対テロ戦力を倍増すると発表した。それをWSJは「彼を信じる者などいない」と真っ向から否定したのだ。「大統領の発言は、彼が信じていること、少なくとも彼がアメリカ国民に信じてほしいと思っていることにすぎない」として、大統領に2つ、要求した。
➀国防総省に命じてイスラム国勢力をイラクとシリアから、数年ではなく数か月の内に、最速で追い出すこと、➁ジハード勢力を刺激せず、テロを普通の犯罪として扱えば米国の安全が保たれるという間違った考えを改め、国内におけるテロ勢力の監視及び尋問を強化すべく政策を見直すこと、の2点だ。
隠れた過激主義者
同紙は、パリとサンバーナディーノにおけるテロの相違は、前者が、少なくとも犯人の一部がテロリストとして当局に把握されていた人物らによるテロだったのに対し、後者は、誰もが普通の市井の夫婦と疑わなかった犯人の凶行だったことだと指摘した。隠れた過激主義者との戦いの難しさはアメリカだけの問題ではない。イスラム国に共鳴する勢力は、パリ襲撃以降わずか3週間で、マリ、バングラデシュ、イギリス、アメリカと4か国で計500人もの人々を殺害した。恐るべき広い範囲で、恐るべき数の人々を襲撃しているのだ。
当然、それに対する反応も強い。オバマ演説が行われたのと同じ日にフランスでは地域圏議会選挙が行われ、マリーヌ・ルペン党首の、極右と言われる国民戦線(FN)が大勝した。フランス全土は13地域圏に分かれており、FNは6地域圏で首位の座を獲得した。13日の決選投票で最多票をとれば、FNは第一党となり地域圏議長のポストを握る。その勢いは17年5月の大統領選挙につながる。ルペン氏が次期大統領に就任する可能性が現実味を帯びている。
FNの政策は移民の受け入れ拒否や、フランスの文化や言語の重視に象徴されるように排外的である。ルペン氏はまた、移民排斥にとどまらず、より強硬なフランスの独自政策、たとえばEU統合で廃止した国境管理を復活させ、現在の自由な人の往来や物流に制限を設けることなどを考えている。EUの理念に逆行するルペン氏に高い支持が集ったのは、パリを惨劇に突き落とした犯人の一部が、シリア難民に紛れ込んで入国していたこともあろう。
目の前で展開されるテロをきっかけに右派勢力が台頭したのは、フランスだけではない。移民受け入れに積極的なドイツのメルケル首相の足下でも、反移民を掲げる「ドイツのための選択肢」(AfD)が支持率3位に上昇した。ポーランドでは10月の総選挙で、難民受け入れに反対の右派政党、「法と正義」が圧勝した。
EU諸国にはすでに65万人の難民が入国済みで、依然として230万人が待機中だ。メルケル氏はEU各国が各々の国力に応じて難民を受け入れるべきだと主張する。ルペン氏とは真っ向からぶつかる主張である。
国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が語った。
「EUの統合は、ドイツとフランスという2大強国の連携があって初めて維持できます。両国が正反対の政策を掲げれば、EUの基盤は崩れていくでしょう。国際政治は歴史的な地殻変動の真っ只中にあるのです。中国とロシアが未だ前近代の段階にとどまり、我々とは全く異質の行動をとっています。それに対して先進国は多国間の連携に価値を見出し、国連、EUなどの国際的枠組みで多くの問題の解決を探ってきました。しかし、その枠組みの前に、テロ勢力が立ち塞がり、従来の国際社会の基本的構図に冷や水を浴びせています。さらに、そのことを尻目に、前近代的国家の中国やロシアが力を振るっている。先行き不透明な、いやな展開になりつつあります」
混沌の中で、確かなことはひとつである。どの国も他国に頼っている場合ではないということだ。日本にとっては、最も深刻な脅威として存在する中国にどう対処すべきかが最大の問題であり続ける。
テロによる漁夫の利
中国を見れば、テロ事件が発生しても、1番目立たないように行動しているのが彼らであることがよくわかる。テロを利用して漁夫の利を得るには、その方がよい。
国際社会の注意はテロとの戦いに向けられており、ウクライナから奪われたクリミア半島については、もはやドイツもフランスも問題にしようとしない。中国が今も着々と要塞化している南シナ海の問題を同じ形で退行させてはならない。日米同盟や、インド、ベトナム、フィリピン、オーストラリア、インドネシア、さらに台湾との連携で、日本は航行の自由のため、問題の平和的解決と国際法の遵守を従来以上に世界に強調し、中国を抑制し続けることが大事だ。
中国が柔軟な姿勢を見せても、言葉でなく行動を見なければならない。中国人民解放軍は230万人体制を30万人削減して近代化を進めつつある。7大軍区を再編して、近代的な陸海空軍及び戦略ミサイル部隊の統合運用に向けて大々的な組織改革に乗り出した。人民元の国際通貨化にも成功した。12月7日には南京に新たな抗日戦争記念館を開館した。軍事力と経済力を強め、対日歴史戦も強化する意図は不変なのだ。
中国の脅威の鉾先は、まっすぐ日本に向いている。その事実の前で、日本の力を経済においても安全保障においても急ぎ強化することだ。