「 テロと中国の脅威、自衛隊を強化せよ 」
『週刊新潮』 2015年12月3日号
日本ルネッサンス 第682号
11月23日、シンクタンク「国家基本問題研究所」主催のセミナー、「南シナ海・米中の奇妙な冷戦」を行った。南シナ海で起きている中国の侵略は、必ず東シナ海でも起きる。東南アジア諸国から島を奪い、埋め立て、軍事拠点化して南シナ海のほぼ全域を自国の内海にしようとする中国は、力で日本を圧倒できると判断した途端に、わが国に対しても同じような強硬さで、尖閣諸島と東シナ海のほぼ全域を奪おうとするだろう。
中国の意図は明らかなのに、南シナ海における米中関係は、どう見ても奇妙だ。米国は中国に極めて遠慮がちで、中国も米国に対し抑制的である。過去に日本の頭越しに米中が手を握ったこともある。そのような中で、日本はどう対処すべきかがセミナーの主眼だった。
南シナ海問題は、世界を揺るがしているテロリスト勢力を論ずることなしには考えられない。中東からアフリカへ、さらにヨーロッパへと広がるイスラム原理主義勢力が作り出した状況を、田久保忠衛氏は「地獄の黙示録」と呼んだ。殺戮を是とするテロをどう封じ込めるのか、各国の試みはこれまでのところ、成功していない。
11月13日にパリの6か所が襲撃されるや、世界情勢は一変した。クリミア半島問題で欧米諸国と対立していたロシアのプーチン大統領がフランスを「同盟国」と呼んだのは、テロからわずか3日後だった。そしていま、米英仏露は対イスラム国(IS)で共闘体制に入りつつある。
米欧がクリミア問題を当面横に置き、シリアのアサド大統領退陣よりもIS殲滅を先行させ、ロシアと共闘するとして、テロ解決につながるのかどうかは定かではない。ISへの効果的な対処法は見当たらないが、この異様な勢力の台頭の背景に米国外交の失敗があるのは確かだろう。
「建国の父」
たとえば80年代、米国中央情報局(CIA)はアフガニスタンでの対ソ連戦のために、アラブのオイルマネーと「悪名高い」パキスタンの情報組織、統合情報部(ISI)を使って、アフガンゲリラを訓練し、彼らに多様な武器を与えた。
長年、パキスタンのテロリズムと戦ってきたインドの戦略研究家、ブラーマ・チェラニー氏は、ロナルド・レーガン大統領が85年にアフガニスタンのムジャヒディンの司令官らをホワイトハウスに招いたことを指摘している。ムジャヒディンはいまでは無慈悲なテロリスト勢力として恐れられているが、その彼らと米国大統領がホワイトハウスで会談した写真は「レーガン・アーカイブ」で現在も見ることができる。チェラニー氏によると、レーガン大統領はそのとき、こう語りかけたそうだ。「ここにいる紳士諸君は、道義的にはアメリカ建国の父に相当する」。
ソ連のアフガニスタンへの軍事侵攻に対して、レーガン政権はイスラム教をイデオロギーの道具として利用し、ジハードを促したと、氏は指摘する。ここから生まれたのがアルカーイダであり、オサマ・ビンラディンだった。その米国が、異なる理由で再びテロリストの台頭を許してしまった。アルカーイダよりもはるかに訴求力が強いISだ。
ISはわずか1年程前、突然、世界にその存在を強烈に示した。米軍空爆への反撃として米国籍の記者、ジェームズ・フォーリー氏を殺害したのは14年8月19日だった。9月ひと月の間に、米英仏3か国の人質を殺害し、湯川遥菜氏と後藤健二氏の殺害は翌15年1月24日と31日に動画に示された。
彼らの殺戮の舞台は欧州諸国にも急速に広がり、EU諸国の若者が現地育ちのテロリストとなり、1年でISの活動範囲は22か国に広がった。
9月16日、米中央軍司令官、ロイド・オースティン氏は、米軍がイスラム国掃討作戦の一環として訓練したシリア反政府戦士の内、実際に戦闘に参加しているのは「4、5人」だと発表した。特殊訓練を受けた一次隊の54人のその後を、米国防総省は把握できていない。
CIAが訓練した「穏健な」聖戦兵士たちは、実は、米国が与えた武器を持ったままISに合流した可能性があるとも言われている。ISは西側諸国、とりわけ米国が与えた武器と、彼らによって訓練された兵士を最大限利用して、西側諸国にテロを仕掛けているといえる。
日本にとっても他人事ではない。テロの矛先は日本に向けられる可能性もある。加えて、日本は中国というもうひとつの脅威にも直面している。
中国は、国際社会を震撼させたテロ事件を逆手に取って、危機を乗り切ってきた。01年、米国にブッシュ大統領が誕生したとき、氏は前任のビル・クリントン大統領が中国を「米国の戦略的パートナー」と呼んで親中外交を展開したことを非難し、中国を「ライバル国」と定義し直し、「米国の戦略的パートナーは日本だ」と明言した。
裏庭でゴジラ
しかし、約8か月後、米国を9・11、中枢同時テロが襲った。米国の主敵は中国からテロリストに変わり、中国はすかさず米国に接近した。国内にイスラム教徒のウイグル族を擁する中国が、テロリスト関連の情報を提供する形で米国と手を結んだ。彼らは国内で堂々とウイグル人を弾圧し始めた。テロ事件で一石二鳥を得たのだ。
パリ襲撃事件の前、中国は再び孤立していた。米国は、中国が南シナ海で埋め立てて作った人工島を中国領とは認めずに、遠慮しながらではあるがイージス艦ラッセンを人工島の12カイリ内に派遣した。
しかし、パリ襲撃事件で、米国のISに対する軍事作戦が強化されるとすれば、南シナ海での展開は影響を受けざるを得ない。米軍の監視が手薄になれば、中国は間違いなく大胆に侵略を再開するだろう。
セミナーに参加した小野寺五典元防衛大臣は、過去の日本は「裏庭でゴジラを育ててきた」、つまり中国に物を言わず、彼らを増長させたことを認めつつ、いま、安倍政権が安保法制を成立させたことが大事だと語った。11月22日、クアラルンプールでの東アジア首脳会議では、出席国のほぼ全てが中国を非難した。パリ襲撃があっても、中国の蛮行への抗議は弱まってはいないのだ。
しかし、安倍首相も小野寺氏も、南シナ海での自衛隊の警戒監視行動については慎重である。なぜか。会場の古庄幸一元海上幕僚長が語った。
ソマリア沖の海賊退治、東シナ海での中国艦の監視、日本列島全体の守り、加えて南シナ海の監視となると、3正面、4正面作戦となる。現在の自衛隊にその力はないというのだ。これでは日本を守り切れない。テロに対するにしても中国に対するにしても結局、地味に、速やかに自衛隊を強化するしかないのである。