「 中山恭子、確かな保守の推進力となれ 」
『週刊新潮』 2015年11月5日号
日本ルネッサンス 第678回
次世代の党代表、中山恭子氏の会が10月26日に開かれた。参議院議員5人で構成する同党は、来年7月の参院選挙で2人が改選となる。他の候補者も合わせて当選者がふえればよいが、さもなくば存続の危機に直面する。崖っぷちで氏が代表に就いたのは、男女差を超えた氏の政治家としての信念の確かさゆえであろう。
氏の真髄を表わすのが、拉致問題に対する筋の通った取り組みだ。
安倍晋三首相は10月の内閣改造で加藤勝信氏を拉致担当相に任命、改めて拉致問題解決への決意を示したが、それは、昨年5月に日朝両政府がストックホルムで合意した解決策が何の役にも立たなかったと事実上認めたことを意味する。同合意の無意味さを唯一人、正確に指摘したのが中山氏だった。
「拉致被害者全員を救出する国民大集会」が日比谷公会堂で行われた昨年9月13日、安倍首相も出席し、各党拉致担当者が、合意をきっかけに被害者を取り戻すと意見表明して、会を盛り上げた。しかし、中山氏が語り始めたとき、会場の雰囲気は一変した。彼女は「今の交渉の仕方では拉致被害者は1人も取りかえせない」と静かな声で語ったのだ。
ストックホルム合意は日本側の責務として、不幸な過去の清算と国交正常化の実現を挙げ、北朝鮮の特別調査委員会が調査を開始した段階で、日本は人的往来、送金、船の入港などの規制を解除するとした。
他方、北朝鮮の責務を、日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、日本人妻、拉致被害者及び行方不明者の4項目の全面的な調査を実施し全項目の調査を同時並行で行う、とした。
結局、北朝鮮が特別調査委員会を立ち上げただけで、結果も出していないのに、日本政府は制裁の一部を解除した。眠っている約2万柱の遺骨については一柱2万ドル(約240万円)で480億円などという「遺骨ビジネス」の噂さえ流れ始めた。
保守への揺り戻し
あれから1年と5か月、中山氏の警告どおり、筋を通さなかった合意はなんの結果も生んでいない。中山氏は、外務省には国民を自ら守る気がなく、国民救出を外交官の仕事だと考えていないからだと厳しい。拉致問題解決には、外務省主導体制を改め、首相直属の対策本部を中心に据えることが欠かせないとも強調した。話し合いと力の行使の両方が必要だという、外交の常道をわきまえていたのが中山氏だった。
氏はまた、日本国立て直しの軸として憲法改正を訴えてきた。安倍首相は安保法制成立後の大目標に経済成長を掲げるが、中山氏は語る。
「経済成長重視は当然です。その他に特化すべき課題として、教育、社会の在り方、その根幹としての憲法問題があります。安全保障も含めて日本社会がいまのまま、ズルズルと進むことは危険です。国際状況に合わせて、日本は必要な変革を実現していかなければなりません。日本を根幹から立て直し、日本らしい実力を発揮できるようにしていきたい」
憲法は、前文から全て、日本人の手で書き直すべきだとの氏の主張は石原慎太郎、平沼赳夫両氏の考えを引き継いでいる。それをどう実現するのか。その力はどこにあるのか。中山氏は会場でこう挨拶した。
「『たちあがれ日本』は平沼さん、与謝野馨さん、園田博之さん、中川義雄さん、藤井孝男さんの5人が始め、石原さんが応援団長でした。そこに私が入り6人になりました。次に次世代の党、31人になりました。昨年12月の選挙で落選が続きましたが、それまでの間に中川さんが落選、与謝野さんが民主党政権に参加し、平沼さん、園田さん、藤井さんが自民党に戻られ、いま私1人が残りました」
氏の優しい静かな声が続く。
「それでもいま、こうして自分を見詰めると、何か使命があるのではないかと思います。日本をどんな国にしていけばよいのか、そのことを念頭に現在、党の基本政策と党名を考えています」
11月上旬にも発表する氏の新しい路線は、自民党よりも保守の路線になるであろう。経済問題と、日本国の価値の確立、その集大成としての憲法改正を、並行して積極的に提示する政党になるであろう。現在、自民党内の憲法改正の動きは活発だとは到底、言えない。その自民党に、保守の側から問題提起し、自民党を引っ張る力を発揮するのが、中山氏らの役割である。安保法制で一部メディアが批判した、いわゆる安倍路線をさらに強力に推し進める保守への揺り戻しの推進力となるのがよい。
国際社会にも大きな揺り戻しが起きつつある。10月27日、米国のオバマ大統領が、南シナ海の中国の人工島12海里内に米艦船を入れた。同海での中国の覇権主義的膨張政策が国際社会の厳しい批判を浴びてきたのは周知のとおりだ。中国に「宥和」路線で接してきたオバマ大統領が、艦船派遣という軍事行動に出たのである。背景に米国社会における揺り戻しがあるのは明らかだ。
「価値観の力」
中国については人権問題、腐敗問題でも、米国をはじめ、EUにさえ根強い不信感が広がる。中国の力の源泉の経済にも疑問符がつきつけられている。それでもドイツ、イギリスなどEU主要国は中国との距離を縮め、米国のEUに対する影響力が弱まりつつある。米国の後退と、中国・ロシアの膨張が同時に進行する中、大きくなっているのが日本の役割である。日本を担う政権与党、自民党の存在意義が問われるゆえんだ。
中山氏は「日本の文化力」を強調する。「価値観の力」と言い替えてもよい。日本は大東亜戦争で失敗したが、人間を大事にする穏やかな文明を育み、規範を重視し、公正な社会を構築してきた。
その日本のよさを再び発揮できる国造りが必要である。そのために、日本国の規範の根本である憲法改正を課題として特記せよ、という中山氏の立ち位置がかつてなく重要になる。米国に生じた中国に対する揺り戻しはこれからも広がるだろう。日本では安保関連法案を戦争法案だ、と非難する声があったが、安倍政権の支持率が徐々に上昇しているように、日本でも揺り戻しがすでに起きつつある。その中で保守の側から自民党を先導していく中山氏の役割は、必ず高く評価されると思う。
舞台で抱負を語る中山氏は、時間超過で微笑みながら舞台を降りた。御主人の成彬氏が満更でもない表情で言った。
「政治家になりたての頃、彼女は5分も話せなかった。いま、時間を超過してまだ話そうとしています。人間って変わるもんですね」
困難な状況を乗りこえて党の立て直しをはかるとき、彼女は日本にとってなくてはならない重要な政治家になっていることだろう。