「 膨大な資金でEU諸国を次々“陥落” 日本包囲網築く中国の悪意ある戦略 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年10月31日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1106
中国の習近平国家主席は10月20日、英国議会に続いて、バッキンガム宮殿で開催された公式晩さん会でも演説した。英国メディアは、白いドレスで正装したエリザベス女王と赤いドレスで装ったキャサリン妃の間に、黒い人民服姿で座る習氏の映像を伝えた。
習氏は2つの演説の双方で、「日本の残虐性」に言及した。女王陛下主催の華やかな晩さん会で、英中以外ただ1つ、第三国の名、日本の国名を挙げて、「日本軍の残虐性」を語ったのである。何という悪意か。
習演説は1998年の江沢民演説と重なる。国賓として来日した江氏は天皇、皇后両陛下主催の晩さん会のみならず、早稲田大学でも、「過去の侵略の歴史をかがみとして、日本人は未来永劫、反省しなければならない」と語った。中国の「対日歴史戦争」はいささかも変質することなく、執拗に続いている。
同じ日に国連総会では、中国の国連大使、傅聡氏が、日本非難を展開した。日本が保有する核物質は核弾頭にして1000発以上に相当し、核拡散の観点から深刻なリスクだ、日本の「著名な政治家」が核武装論を展開しており、政策決定がなされれば日本はごく短期間で核武装国になると警告した(「産経新聞」10月22日)。
日本に核拡散の危険ありなどと、中国に言われるゆえんは全くない。核を拡散してきたのはむしろ中国である。中国が北朝鮮に核開発のための全面支援を行ったこと、パキスタンには核物質の製造を含めて核兵器完成に必要なインフラ技術まで全てを伝授したと、トーマス・リード氏が『核の急行列車』で書いている。氏は米レーガン政権の国家安全保障会議で対ソ連戦略を担った専門家である。
中国がパキスタンの核武装を助けたのはインドけん制のためだ。インドはパキスタンによる北からの脅威、中国が仕掛ける国境紛争と、海からインドを追い詰める「真珠の首飾り作戦」で、膨大な国費を使わされ、そのために「超大国になれず、地域大国として終わるだろう」といわれている。
ちなみに、右の分析は英国のシンクタンクによる。彼らは実に冷静に世界情勢を見詰めている。
今回、英国は王室を筆頭に国を挙げて中国を歓迎した。格別の歓待を引き出したのが中国の膨大な資金である。ヒンクリーポイントの原子力発電所建設、新高速鉄道建設などの大プロジェクトに総額300億ポンド(約5兆5000億円)を中国が出資する。英国がどれほど徹底して実利を追っているかを見事な絵にしてみせた、習氏の英国訪問だ。
EUの大国、ドイツの親中政策に続いて、私たちは英国が中国に吸い寄せられる様子を眼前に見ているわけだ。それはEUが経済で中国に引き寄せられ、歴史問題で日本が徹底的に悪者にされていくプロセスでもある。
しかし、中国の国内情勢は異常だ。習氏は「総体的国家安全観」を打ち出し、政治、軍事だけでなく、経済、文化、社会、科学などのあらゆる分野で「国家の安全」が脅かされており、あらゆる分野で取り締まりを強化すると訓話した。当局の意に反すること全てが取り締まりの対象になる。そのことを示すのがますます強化される弾圧と深刻化する人権侵害だ。こんな前近代的習体制の国がどれだけ持つのか、疑問である。
中国が無理を重ねて日本非難の包囲網を築きつつあるのを尻目に、安倍晋三首相は22日、モンゴルと中央アジアの六カ国歴訪の旅に出る。いずれも地政学的に非常に重要な国々だ。日本は中国とは対照的な、現地の国の人々を育てる開発と、公正な民主主義の価値観に基づく関係強化で、日本と連携する諸国との未来展望の枠組みをつくればよい。