「 ウクライナ支援で独・仏を味方に中国を引きずり出した首相の深慮遠謀 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年6月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1088
「パックスアメリカーナ」から「パックスシニカ」の世界に変わるのか。
その歴史の転換点ともなり得る会議が6月7日からドイツのエルマウで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)だった。小ぶりの丸テーブルを囲んで語り合う首脳同士の会話を随所でリードした安倍晋三首相の姿は、日本が国際政治におけるプレーヤーになったことを示していた。歴史の大きな変わり目で日本の首相が日本の目指す価値観を語り、存在感を示したのは、恐らく、初めてではないか。
今回のG7の陰の主役は何といってもロシアだった。欧州諸国にとってロシア問題の切実さは私たちの想像を超える。メルケル独首相はプーチン大統領と直接、しかも少なからぬ頻度で、電話会談をする関係である。ドイツとロシアの協調関係は、複雑で歴史的な要素を含む独仏露三国関係において、およそいつもドイツのフランスに対するカードとなる。
ヨーロッパ諸国にとって、ロシアとウクライナの問題をどう解決するか、ロシアの拡大をどこまで抑制できるかは重大な課題であり、今回のサミットの陰の主役は紛れもなくロシアだった。
しかし、安倍首相がもう1つの陰の主役を引っ張り出した。中国である。
ヨーロッパ諸国にとって、南シナ海問題は何といっても遠い国の出来事だ。直接被害を受けるという感覚は薄い。そのヨーロッパの国々は中国主導のアジアインフラ投資銀行にもこぞって参加した。南シナ海問題に直接関わることに乗り気ではない彼らを説得して、ロシア・ウクライナ問題と中国の南シナ海問題を同列に置き、この2つの事例は力による現状変更であり許されざる暴挙だと納得させて、G7の宣言文に(中国に)「強く反対する」と盛り込ませたのは安倍首相だった。
G7参加の途上で、首相はウクライナを訪れ、大統領と会談し、新たに1100億円の円借款を供与した。ロシアはウクライナと交わした停戦合意をしっかり守るべきだと発言し、ロシアに日本国の固い意思を示した。ヨーロッパ諸国に対しては力による現状変更を許さないという日本国の決意を、行動で示した。
諸国は日本が北方領土問題を抱えながらロシア批判の強いメッセージを発したことを評価したはずだ。首相の断固たるウクライナ支援があったからこそ、ヨーロッパ諸国は安倍首相の主張に納得して中国を念頭に置いた岩礁の埋め立てに「強く反対する」との文言を宣言に入れたのだ。
これは中国にとって大きな誤算だっただろう。彼らはサミット開催前に「ドイツやフランスなど一部のG7メンバーには、中国との重要な二国間関係があり、安倍の術中にはまることはない」と、政府系メディアで発信していた。だが、ドイツもフランスも見事に日本の「術中にはまった」。中国人の思考の限界は、自由世界の国々が、力による現状変更に反対し、法による支配を掲げる正論を支持しないなど、あり得ないという国際社会の常識を理解できないことだ。
それにしてもサミットでオバマ米大統領は存在感が薄かった。残り1年半に迫った任期の問題が理由ではない。米国の実力は間違いなくいまもナンバーワンであり、超大国だ。オバマ大統領が大国の指導者としての気概を欠き、責任を果たそうとしないことの当然の結果である。安倍首相にとって他山の石である。首相もまた、言葉と行動を一致させられるか、注目されている。
日本は普通の民主主義国になれるか。日本に独り立ちを許さない現在の安全保障政策の見直しを達成できるか。その意味で現在国会で進行中の安全保障法制の議論は世界情勢の大きな変化の中で、とりわけ重要な歴史的意味を持つ。日本周辺の国際情勢の深刻さを見ながら、前向きに取り組むべきだ。