「 国際政治のプレーヤーの資格を得た日本 」
『週刊新潮』 2015年6月18日号
日本ルネッサンス 第659回
6月7日からドイツのエルマウで開かれた先進7か国首脳会議(G7サミット)での首脳同士のやりとりは、日本が国際政治におけるプレーヤーになったことを物語っている。日本の新しいイメージが生まれたのだ。
アメリカ主導の世界が中国主導の世界へと大きく転換するのかどうか、いま、私たちはその局面に立つ。これから先、人類がどのような世界に生きていくのかを決める大舞台で、日本の首相が日本の目指す価値観を語り、存在感を示した。このようなことは、日本にとって戦後初めてであろう。
安倍晋三首相の発言で、G7の陰の主役である中国の問題点が明確に世界に示された。ヨーロッパ諸国にとってロシア問題は切実だが、南シナ海問題は遠い国の出来事だ。直接被害を受けるという感覚は薄い。そのヨーロッパの国々、しかも中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)にこぞって参加した彼らに、ロシアのクリミア問題と中国の南シナ海問題を同列に置いて、「強く反対する」と言わせたのだ。
振りかえれば日本が1975年、パリ郊外のランブイエで開催された第1回G6サミットに招待されたのは、日本がすでに経済大国の道を歩み始めていたことと同時に、アジアを代表する意味合いがあったからだ。アジア代表という意味では、今も同じである。アジアの直面する最も深刻な問題のひとつ、南シナ海における中国の埋め立ておよびインフラ工事の違法性と不当性に、世界の目を向けさせることは日本の責務であり、安倍首相はそれを果たしたのである。
そのために首相はG7サミットへの参加に先立って、ウクライナを訪れ、ポロシェンコ大統領と会談した。ウクライナへの支援を約束し、新たに1100億円の円借款供与を決めた。ウクライナと交わした停戦合意を、ロシアが守ることの重要性を強調した。
中国人の思考の限界
これは二重の意味で重要だった。まず、ロシアに対して、力による不法な現状変更の試みは許さないという日本国の固い意志を示したことだ。北方領土問題について、プーチン大統領の思惑を気にして、発言すべきことも控えるような傾向が日本にはある。しかし、対ロシアのみならず国際政治において、遠慮することや原則を曲げることは決してよい結果を生まない。首相がウクライナを訪れ、ロシアに強いメッセージを送ったことで、プーチン大統領はむしろ、安倍首相を重く見るだろう。
もうひとつは、EU諸国に、クリミア半島問題で対露制裁を続けているのは、力による現状変更を許さないという価値観ゆえであることを改めて確認させた。そのうえで、クリミアと南シナ海の埋め立ては同根の問題なのだと納得させたことだ。EU諸国は安倍首相の主張に納得して、中国を念頭においた岩礁の埋め立てに「強く反対する」との前述の文言を宣言に入れた。
これに対して中国側から安倍批判が起きたのは、想定の範囲内だ。しかし、中国側の反論は「中国はアジア太平洋地域と世界における平和と安定の擁護者だ」「中国は南沙諸島と南シナ海において争う余地のない主権を有しており、建設活動は正当で、合法的だ」などという、これまでと同じ陳腐な内容だった。そのうえで彼らはこう非難した。
「ドイツやフランスなど一部のG7メンバーには、中国との重要な二国間関係があり、安倍の術中にはまることはあり得ない」
だが、実際にはドイツもフランスも日本の主張に同意した。中国式表現によると「術中にはまった」。中国人の思考の限界は、自由世界に属する国々が、法の支配を掲げ、力による現状変更に異議を唱える安倍首相の正論を退けるなど、あり得ないことを理解できないことだ。それにしても、こんなつまらない論評を国営メディアが報じるのは余程、安倍外交が気になるからであろう。
議長役のドイツのメルケル首相は、オバマ大統領との関係の良好さを見せるのに気を配った。両首脳の関係は2013年にエドワード・スノーデン氏の情報漏洩で、アメリカの国家安全保障局がメルケル氏の携帯電話を盗聴していたことが判明して悪化した。メルケル氏は実はもう1台、本当に重要な会話用の携帯電話をもっており、こちらは盗聴されてはいなかった。それでも首相は激怒してみせた。翌年7月には、CIAがドイツ連邦情報局(BND)の職員と国防省の職員から機密情報を入手していたとして、在ドイツ米大使館の情報部門のトップを国外退去処分とした。
こんな険悪な事態があったなど全く感じさせない応対で首相はオバマ大統領をビールに誘った。ドイツにとってロシア問題の解決こそ大事であり、そのためにはアメリカの協力が何にもまして必要なのである。
日本再生の必須条件
EUの足下には危うい要素が少なからず存在する。イギリスのキャメロン首相は、EUから脱退か否かの国民投票を公約している。仮にイギリスがEUから離れれば、EUは解体に向けてゆるやかに進み始めるだろう。ギリシャの経済破綻が避けられない場合、EUはさらに解体に向かうだろう。
ドイツは人々の自由往来で安い労働力を簡単に調達でき、EU市場をドイツ経済のために活用できるようになった。しかし、そうしたことが制限され始めるとき、ドイツ経済が現在の強さを維持していけるか。その力強さの基盤が突き崩されていく可能性は少なくない。
ちなみにこの点について中国国営新華社通信が、G7のブロックが国際問題でこれまでと同様の強い影響力を持ち続けることが出来るか疑わしい、従って安倍首相が中国問題をG7の場で語るのも意味はないと論評していた。後半は的外れだが、前半部分については私も同様の疑問を持つ。
日本のメディアだけでなく、欧米のメディアの報道も合わせて読んだが、全体としてオバマ大統領の存在感が非常に薄い。残り1年半に迫った任期だけが理由ではないだろう。オバマ大統領が指導力を発揮できていないからである。反対に存在感が増しているのが日本である。まさに日本再生のチャンスである。
日本再生の必須条件は、歴史問題を乗り越え、憲法改正に取り組むことだ。この2つの点での日本に対する偏見や思い込みは、中国のお陰で急速に消えつつある。たとえば2014年1月、スイスのダボス会議で中国工商銀行会長、姜建清氏が「日本はアジアのナチスだった。武力紛争が起こるかどうかは、すべて日本次第だ」と語ったとき、会場には失笑の渦が起きた。
もはや誰も中国を信じない。諸国の信頼を受けているのは日本である。その信頼を、日本再生のための憲法改正につなげていきたい。