「 与那国「住民投票」に憲法違反の疑い 」
『週刊新潮』 2015年3月5日号
日本ルネッサンス 第645回
「こんな選挙をしてしまって、お恥ずかしい限りです。全国に顔向けできません」
日本最西端の国境の島、沖縄県与那国島(与那国町)の町議会議長、糸数健一氏はこう語った。
島では2月22日、自衛隊配備を巡って住民投票が行われた。85・7%の高い投票率の下、受け入れ派が632票を獲得し、反対派の445票に、予想を超える187票の「大差」で勝利した。これは、元々自衛隊配備を陳情した町長の外間守吉氏が前回の町長選挙で配備反対派に47票の僅差で勝ったことに較べれば、本当に大きな勝利だった。
にも拘らず、糸数氏が全国に顔向けできないほど恥ずかしいと言うのには、もっともな理由がある。今回の住民投票は、まともな国家ではあり得ないとんでもないものだったからだ。通常の選挙権を持つ有権者に加えて、中学生や島にいる永住外国人にまで投票権を与えたのだ。
こうして、総人口1500人弱の島で、中学生41人を含む未成年者97人と外国人5人を入れて、1284人が住民投票への参加資格を得た。彼らが問われたのは、国と自治体が正式合意した安全保障政策の是非である。これが国家としての異常でなくて、何であろうか。
私は現行憲法を是とする者ではなく、日本再生のためには憲法の大改正こそ欠かせないと考えている。それでも、日本は法治国家であり、国の統治は憲法と法の遵守を基本としなければならないと信じている。だが、今回の住民投票は憲法と法の精神への許されざる挑戦である。
与那国町が永住外国人に住民投票の資格を与えたのは、選挙権は「国民固有の権利」と定めた憲法15条の主旨に明白に違反する行為であろう。憲法の専門家で日本大学教授の百地章氏が指摘した。
「日本国民には保障されていても外国人には保障されない権利としての代表的事例に、入国の自由、参政権、社会権があります。いずれも国家の存立にかかわる権利で、15条の参政権はその重要な柱です」
安全保障は国の専権事項
繰り返すが15条は選挙権を「国民固有の権利」と定めており、最高裁判所は95年2月28日に「(選挙権は)我が国に在留する外国人には及ばない」との判断を示している。
15条に加えて、与那国町住民投票は、地方自治は住民の直接選挙によって行われると定めた93条の主旨にも反する。百地氏が詳しく語った。
「93条の『住民』について、最高裁は『地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味する』と判断しました。つまり、地方自治体の行う選挙は、首長選挙でも議員の選挙でも、日本国民である住民にしか参加資格はないということです」
一切の選挙に永住外国人は参加できないということなのだ。
加えて、国の安全こそ公共の福祉そのものだという視点に立てば、与那国町住民投票は、個人の権利は公共の福祉に反しない範囲で追求できるとした憲法13条の主旨にも反する。
さらにもう一点、重要なことをおさえておきたい。安全保障は国の専権事項だという点だ。現在、与那国島には警察官2名がいるだけで、国防上はほぼ完全な無防備状態にある。中国が軍事力を背景に大胆な挑発的行動をとり、脅威をもたらしているいま、自衛隊の配備は、沖縄を守り、日本を守るのに必要な措置である。
島に配備される150人規模の沿岸監視隊は、中国海空軍の動きを見張る重要な役割を果たす。陸上自衛隊の配備自体が対中抑止力にもなる。このような安全保障政策は、日中関係及び世界情勢を踏まえて、国が決めることであり、地方自治体がそれを覆すのは地方自治の本旨から外れる。
未成年者に投票資格を与えたことも、住民投票条例案を可決した町議会への出席が自衛隊配備反対派の町議3名を含む4名だけだったことも、常軌を逸した驚くべきことだ。
そもそも与那国町への自衛隊配備は外間町長の陳情から始まった。配備は町議会で正式に可決されたにも拘らず、計画が進み始めると町の迷走が始まり、外間氏は自衛隊受け入れに「迷惑料」10億円を要求した。
私はこれまで幾度か氏の話を聞いたが、自衛隊誘致に関して氏が語ったのは、専ら島の経済や人口問題だった。無論、離島にとってはいずれも死活的に重要な問題である。それは認めるにしても、私は氏が国の防衛や安全保障、ひいては目に余る中国船の出没などについて語るのを、殆ど聞いたことがない。
安全保障政策やエネルギー政策が国民の理解を得て遂行されなければならないのは当然だ。しかし、今回の法治国家にあるまじき与那国町の住民投票と、そこに至る経緯を振りかえるとき、国の根本を成す安全保障政策を地方自治体の判断に任せることが妥当なのか、極めて疑問に思う。
自治体の「最高規範」
与那国町では今回は賛成派が勝ったが、逆の場合どうするのか。元々憲法の主旨に反する投票行為であるから、自衛隊配備という国の政策は影響を受けないと政府は主張する。しかし、必ずや影響は出てくるだろう。現に外間氏はそのような場合、「町として自衛隊に非協力的な状況になる」と語っていた。国の専権事項である安全保障政策を地方自治体との関係の中でどう推進するのか、新しい規定の制定も含めて明確な方針を立てるべきであろう。
その意味で現在、少なからぬ自治体で成立しつつある自治基本条例に懸念を抱くのは私だけではあるまい。内容は自治体によって多少異なるが、殆どの場合、自治基本条例を自治体の「最高規範」と位置づけ、首長に条例遵守を義務づけている。加えてほぼ例外なく外国人に住民投票権、即ち参政権を与えている。
NPO法人公共政策研究所の資料によれば、今年1月末までに条例を制定した自治体は実に321に上る。4月までに制定予定なのは、新潟県十日町市など3自治体である。地方自治体約1700の2割に迫る勢いだ。
自治体毎に基本条例の内容を吟味する必要はあるが、全国津々浦々に、国家の基盤を揺るがしかねない条例が浸透中だと言ってよいだろう。憲法で外国人の参政権を禁じていても、地方自治体ではその反対の内容の条例が最高規範とされ、実質的に国の形を変えていくことになりかねない。
与那国町では基本条例は制定されていないが、それでも今回、憲法違反の疑いが強い住民投票が実施された。誰もそれを止めなかった。結果の如何を超えて、憲法の主旨に反する住民投票が行われたという悪しき前例が残った。こんなことで日本国は大丈夫なのか。
いま、あらゆる意味で中央政府は法治国家としての日本の基盤を強めなければならない。政治家の責任は、日本の政治の末端にまで注目し、国の形を正常に戻すことである。