「 認識せよ、情報と謀略こそ国防の要 」
10月19日、シンクタンク「国家基本問題研究所」(国基研)主催のシンポジウム「国際情報戦をどう戦うか」で明らかになったことは、日本は戦前から現在に至るまで情報戦に完敗してきた国だという、今更ながらの事実だった。
シンポジウムの論者は国基研副理事長の田久保忠衛氏、前防衛大臣の小野寺五典氏、国基研企画委員で朝鮮問題専門家の西岡力東京基督教大学教授だった。
田久保氏は基調講演で春日井邦夫氏の『情報と謀略』(国書刊行会)の要点を紹介したが、その内容は衝撃的だった。
春日井氏は、1965年から22年間内閣調査室で働いた情報の専門家である。25年生まれの氏が今年8月25日に出版したのが、第二次世界大戦を舞台にした前述の書である。
日本が戦った大東亜戦争は第二次世界大戦の一部にすぎず、第二次世界大戦の主役はチャーチル、ヒトラー、スターリン、ルーズベルト、蒋介石だった、就中、真の主役はウィンストン・チャーチルだったと、田久保氏は述べる。
チャーチルが全身全霊を込めて考えたことは二つ。如何にヒトラーとの戦いに勝つか、如何にルーズベルトのアメリカを参戦させるかだった。そのために彼は何をしたか。それが春日井氏の著書に、幾十幾百の具体的事例として描かれている。
チャーチルは、自分の右腕だったカナダ生まれのスティーヴンスンをルーズベルトの下に派遣した。彼はイントレピッドという暗号名を持つ大物スパイだ。スティーヴンスンはヒトラーの野望は欧州だけではなく、必ずアメリカに及ぶとルーズベルトに伝え、アメリカは孤立主義を掲げて、反戦平和主義に耽っている場合ではない、と説いた。
チャーチルはスティーヴンスンに二つのことを提案させている。英米による原爆の共同開発と、エニグマとして知られるドイツの暗号機の解読技術をアメリカに提供することだ。
全力でエニグマを追う
エニグマとは古代ギリシャ語で「謎」を意味するそうだ。オランダの発明家が特許を得た機械式暗号機をドイツの技師が譲り受け、それをナチスの公安諜報部が改良した。ナチスはこれを解読不可能と信じて広く使用し、38年には持ち運び出来るほどに小型化し、国境部隊に配布した。ヒトラーの各将軍への指示から部隊間の重要な連絡までが、エニグマを介して行われていたわけだ。
情報こそ全ての力の根源である。イギリスは全力をあげてエニグマを追う。そして、エニグマの小型機がベルリン近郊の工場で量産されており、39年早々にトラックで輸送されるとの情報を得た。彼らはドイツ侵略の脅威に晒されていたポーランドの情報機関と協力して、エニグマ搬送の軍用トラックを待ち伏せし、攻撃した。工作員らはトラックを焼き討ちにする一方で、1台のエニグマを無傷で手に入れ運び去る。ドイツ側はトラック積載の全てのエニグマ機が焼失したと思い込まされた。
奪ったエニグマはポーランドの首都ワルシャワ経由でロンドンに送られ、イギリスの天才数学者アラン・チューリングのほか、伝統的に数学に秀でていたポーランドからも数学者を呼びよせ解析作業を急いだ。これがナチスドイツによるポーランド侵攻の1週間前、39年8月末だった。
エニグマを入手した連合国側は、戦争の終結までに、ヒトラーと部下の将軍間の連絡の大部分を傍受できるようになった。田久保氏が語る。
「アメリカを参戦させるために、チャーチルは2年余り、努力をしたのです。そして遂に日本が開戦したのを見て、チャーチルはこの戦争にイギリスは勝ったと密かに思った。アメリカを戦争に引き込んだことはそれ程大きな意味があったのです。
しかし、チャーチルはエニグマや原爆の共同開発だけでアメリカを動かしたのではありません。チャーチルはルーズベルトに、ナチ占領下にあっても、地下軍隊はゲリラ戦を展開する決意だと伝えています。イギリス国民は最後の一人までナチスと徹底的に戦う覚悟だと伝えたのです。アメリカに守ってもらうことばかり考え、自身では集団的自衛権の行使にも消極的な日本人との、これが大きな違いです」
情報を読まれていたのは、日本も同様である。春日井氏は「41年までに、アメリカは日本最高レベルの軍事および外交の暗号を解読し、ついで、日本大使館で使用されていた複雑な暗号解読機の作製に成功した」と書いている。田久保氏は山本五十六元帥の戦死に関しても日本の暗号解読を確信するという。
ミッドウェー海戦の情報は全部読まれていた。6機のゼロ戦機が護衛する中、編隊飛行していた各機の中で、米軍機の攻撃は一式陸上攻撃機の山本五十六機に集中した。ゼロ戦機のパイロットだった人物は、銃弾が自分の機を通りすぎて五十六機に集中するのを見てそう感じたと、田久保氏は元パイロットから直接聞いた。
但し、情報が全て読まれているとの実感は、基地に戻っても口に出来なかった。そんなことを言えば殺されかねないと、パイロットは感じたそうだ。情報力で日本が極端に劣っているのは、現実を見ようとしないことに加えて、国家にとって情報の持つ意味を理解していないことが根本にあるのではないか。
日本の情報戦の相手は中国
22年のワシントン会議当時、全権の幣原喜重郎・駐米大使はひょんなことから、自身が
送った電報の内容を米国務省が知っていることに気づく。そのことについて、幣原の回顧録『外交五十年』の文章を田久保氏が指摘した。
「暗号の解釈は勿論筒抜けに国務省に入手されたに違いない。もしそうだとすれば、暗号を盗まれたおかげでアメリカでは幣原を一本調子な正直な人間として受け取ったであろうと密かに会心の笑みを漏らした次第であった」
馬鹿もここまでくると救いようがない。情報戦における日本の遅れは戦前、戦中、戦後、さらに現在も同様ではないか。その典型が現在の慰安婦問題であろう。
シンポジウムに参加した元内閣情報調査室長・大森義夫氏も語った。
「世界には二つ、情報と謀略に優れている国があります。英国と中国です。とりわけ中国は庶民に至るまで、歴史的に、天性のものがあります。対照的に、日本の実力は大層低い」
その中国がいま、日本の情報戦の相手である。主戦場はアメリカである。状況は容易ではないが、私たちは、中国はじめ世界が仕掛けてくる情報戦の渦の中で生き残らなければならない。日本国憲法前文に書かれている虚構の世界は存在せず、国家は自力で国民と国土を守るものであり、そのために、私たちは戦後の非現実的な思考を脱しなければならない。