「 皆だれもダライ・ラマ法王14世を好きにならずにいられない 」
『週刊ダイヤモンド』 2013年11月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1012
チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ法王14世ほど慈愛に満ちた人物に会ったことはない。11月16日の土曜日、千葉工業大学主催、国家基本問題研究所後援の公開対話「宗教者の立場から見る科学の役割」でご一緒し、あらためてそう感じた。
法王の人との接し方は愛そのものである。千葉工大に到着した法王は、歓迎のために集まっていた多くの人々一人ひとりにあいさつを返しながらゆっくり進んだ。合掌した大きな手を一人ひとりに向けて笑顔で声をかける。学生にも職員にも、分け隔てなく、慈愛の笑みと言葉が注がれていく。この率直で天真爛漫な笑みに接した人々はおよそ皆、法王を好きになるだろう。
法王の科学への関心は高く、仏教における精神性の探究と科学は、真理を求めるという偉大な目標に向かっている点で同じだと説く。
子どものころ、宇宙の神秘に魅せられた話も披露してくださった。チベットの首都ラサにあるポタラ宮殿でダライ・ラマ法王13世から頂いた立派な望遠鏡に夢中になったこと、昼間は宮殿の外の市場や人々の様子を見、夜には澄んだ空いっぱいに広がる星を見詰めたこと、そしてある夜、月に山のあるのを発見したという。
「望遠鏡で月の影がはっきり見えました。そして月には影をつくる山があること、月は地球と同じように太陽に照らされており自分では光を発していないと考えました。興奮しました。後に科学図鑑でそれが正しいとわかったときは、本当にうれしかったものです」
このとき法王は10歳を過ぎたばかりだ。論理的な思考をする賢い子どもであったことが伝わってくる。
法王はいま、科学は倫理と合体して初めて人類の幸福に貢献すると強調する。科学には倫理が入り込む余地があり、両者は融合して人類の幸福に貢献すると繰り返す。だからこそ人間は倫理と道徳を基本にして生きるのがよく、そのような生き方を可能にするのが親の愛を十分に注いで子どもを育てることだと法王は語る。親の愛の大切さを説く法王の言葉は、子育てや教育のあるべき基本を指し示している。
対話の後の昼食時に、私は大きな発見をした。約2年前、インド北部のダラムサラに法王をお訪ねしたとき、法王は自らお茶を入れてくださったが、食事を共にしたのは今回が初めてだ。法王の食事は専用の料理担当者が調える。私の席が法王の隣だったことから、召し上がり物がよく見えた。大きめの重箱に色彩豊かな野菜中心の総菜が詰められていた。小さめながら丼によそったご飯とうどんも添えられている。
「日本のおコメは大変おいしいんだ」と、法王はご飯を選んだ。その言葉通り、とてもよく召し上がる。
金色の塗り箸で、次々と口に運ぶ。その間にも、料理を作った人の姿を認めて手招きをし、その手に触ってねぎらう。お茶を運んできた人にも、通訳をする人にも、皆同じである。そうしてまたポイと大きなご飯の固まりを口に運ぶ。実に楽しい召し上がり方だ。
総菜も次々に平らげ、法王はご飯のお代わりを頼まれた。それもきれいに召し上がった。総菜も3分の2は召し上がっていた。なんという健啖家か。この食べっぷりのよさが法王のエネルギーのもとなのだ。しっかりと食事することの大切さを見せてもらった。
食事が終わると、法王は法衣と同じ小豆色の布製の袋を開けにかかった。布製の袋は法王のかばん、バッグだ。
「何を入れているのですか」
私は思い切って尋ねた。
いたずら少年の表情で、法王は小物を取り出し始めた。小さな歯ブラシ、ティッシュ、眼鏡が3つ、そして甘い物。法王は小さなチョコレートの包みを1つ取り出して、「これは君に」と言って私に渡した。
当分、これは私の大事な宝物だ。