「 農地集約で競争力が増すコメ TPP参加で市場拡大を 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年11月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 960
過日、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関して、農業を営む木内博一氏の話を聞いたが、驚きだった。ちなみに氏は農事組合法人和郷園の代表理事である。和郷園は「和を育み、郷土を愛し、園芸を志す」という標語から命名された。
野菜の産直組織から始めて21年目の今年、和郷園には92軒の農家が集い、約150ヘクタールの農地でコメをはじめ約30種類の野菜を生産し、スーパーマーケットなどに出荷する。約1,000人が働き、年商約50億円を生み出す。一次産業としての農業生産、二次産業としての加工生産、三次産業としての販売・サービスを合わせて和郷園は六次産業だと、氏は説明する。
「TPPで農業関連分野の話をするとき、多くの誤解と勘違いがあります。その第一は、日本の農業は高齢化と就業人口の減少で食糧自給率が低い。そんなところにTPPを導入すれば大変なことになるという議論がありますが、実は全く逆です。農業人口は多過ぎます。農業人口が減ってくれるほうが、日本農業は発展します」
戦後の日本の農業は、農地解放で、小作人が長年の夢だった土地を持つことができ、そのことに執着した歴史だと、氏は指摘する。農地保有に憧れてきた人々は、いったん土地を手にすると、生産性が低くとも、耕作ができなくなっても、所有権を諦めようとしなかった。農地を荒れ地にしてしまっても手放さない人々はいまも多い。その現状を変える必要があると、木内氏は言う。変化をもたらすために農業者数を減らし、意欲ある次世代の農業者に農地を集約すべきなのだ。
多くの農家は国の施策の下で働いてきた結果、経営感覚が欠けがちで、その結果、TPPの是非についての“分別”がついていないと、氏は語る。そのことを証明するように、地方で生まれている二十代、三十代の新しい農業者のほとんどがTPPには賛成だというのだ。
「田舎の兼業農家は、その子供世代は公務員などになり、世帯年収2,000万円の所得層を形成しています。そういう層が、自立した経営ではなく、手厚い保護を与えてくれる現行の農業政策にぶら下がっています」
TPPで壊滅的な打撃を受けるのがコメ農業だといわれている。日本人なら誰もコメ農業を潰してよいなどとは考えていない。若い農業者のほとんどが賛成しているTPPに参加して、同時にコメ農業も守りたいという日本人の思いは、十分に実現可能だと木内氏は説明した。
「日本の優れた農業技術を活用してコメの収量を倍増させるのです。稲ゲノムは日本が100%解明済みです。その技術でおいしいおコメを生み出してきました。しかし、皆があうんの呼吸で手を付けてこなかったのが、コメの収量を増やす稲の開発です」
コメ余りで減反が行われてきた中で、収量を増やすことは憚(はばか)られた。しかし、と木内氏は言う。
「コメ作はいま、ほとんどすべて機械でこなします。収量を倍増したと仮定して経費は約3%上がるだけです。高品質のコメの収量を倍増すれば、価格はただちに半減します。そうなれば、世界一おいしいコメを世界一安い価格で売ることも可能なのです」
中国の温家宝首相夫人は毎年魚沼産のコシヒカリを数百キログラム単位で買い付けるそうだ。中国の激しい経済格差の下で、その是非は問わなければならないが、おカネに糸目を付けない購買能力のある二億人が存在するそうだ。だがTPPがもたらす日本のコメ輸出の有力市場は中国だけではない。アジア、欧米まで広く国際社会に輸出する好機がTPPだと、木内氏ら意欲的な農業者は考えている。野田佳彦首相は、無為無策で退陣に追い込まれるのではなく、せめて一つ、TPP参加を決断してから退陣せよ。