「 “吹き抜け”の代償に国土を売る外務省 」
『週刊新潮』 2012年2月16日号
日本ルネッサンス 第497回
2月2日の衆議院予算委員会で自民党の小野寺五典氏が玄葉光一郎外相に発した問いは衝撃的だった。内容は大概、以下のようなものだ。
〈北京の日本大使館は昨年7月、新館を完成させ、8月に中国側に建築確認を申請した。中国側は申請にない増築があったとして建築確認を下ろさない。外務省が対応を尋ねると、問題になっている新潟市の領事館用の土地、及び名古屋市の領事館用の土地の便宜をはかってくれれば、大使館の建築確認について配慮すると、口頭と文書で明らかにした。
日本外務省は大臣の許可を得て、1月19日付けで国際法及び国内法に則り対処する、つまり配慮するという内容の口上書を中国側に渡した。すると翌々日の21日に建築確認が下りた〉というものだ。
建築に違法性や不行届があれば、中国はその部分の是正を日本側に求めればよい。無関係の、日本における領事館用の土地の取得などへの便宜を要求するのは筋違いだ。不条理な要求には、その不条理さを指摘して受けつけなければよい。それこそ外交である。北京の日本大使は民主党が任命した丹羽宇一郎氏だ。事実とすれば、氏が本国に口上書提出を求めたのか。小野寺氏が尋ねた。
「口上書の有無と中国側の要求について外務大臣にお答え願いたい」
玄葉外相が答えた。
「我が方は一貫して、我が方在中国大使館事務所の移転と中国側の在日公館施設の建設とは別問題との立場を維持した上で、中国側の要請に、関連の国際法に従い中国国内法令の範囲内で協力する立場を表明した。その際、中国側から、日本側の立場を文書に、との依頼があったため、口上書にして中国側に伝えた」
口上書は出していたということだ。
互恵から程遠い
玄葉外相はこうも語った。
「ご存じのようにウィーン条約等で在日外国公館の整備について国際法に従って、(日本は)接受国として(中国を)支援すべき立場にある」
たしかにウィーン条約は各国政府に外国公館の整備を支援するよう要請している。であれば、日本政府も中国側に要請出来る。「申請にない増築」が吹き抜けを指すと、2月2日の「産経新聞」が伝えたが、であれば、事前承認なしの吹き抜けはよくないかもしれないが、そのくらいのことで半年近くも建築確認を出さないのか。ウィーン条約の精神に基づいて早く建築確認の便宜をはかれと、日本側も言えるのだ。中国側が飽くまでも拒否すれば、吹き抜けなんぞ塞いでも構わないだろう。にも拘わらず、日本大使も本省も外相も、気概も見せずに口上書を出した。
大使館の件と新潟、名古屋の件は無関係でバーターではないと玄葉外相は強調した。だが、事前の折衝では土地の件が話し合われ、外相自身、土地に関する「要請はあった」と国会で認めた。小野寺氏が説明した。
「自民党の外交部会で調査し、中国側が日本大使館新館の建築確認を、新潟、名古屋の土地の件と明確に結びつけて要求したことを確認しています。外務省も中国側からバーターの申し出があったと説明しました。実際、日本政府の口上書の2日後に建築確認が下りた。口上書に中国の土地購入に関する協力などとあからさまな文言を入れなくても、どこから見てもバーターなのです」
外務省は吹き抜けと引き換えに事実上、新潟及び名古屋の広大な土地を中国に売り渡す考えなのだ。北京の日本大使館は以降、日本外交の不名誉の象徴となろう。
なぜこんなことになるのか。玄葉外相は外務省が大好きな「互恵の精神」に言及した。だが日中関係は互恵から程遠い。中国側は外国政府にも企業にも土地は絶対に売らない。だからこそ、北京の日本大使館は1975年以降37年間も中国政府から賃貸し続けた。賃料はいま月額2,000万円強である。今回、国民の税金87億円を投じて建てた自前の大使館に移るとしても、地代はずっと払わなければならないだろう。
絶対に土地を売らない中国で、日本は北京の大使館以下、上海、広州、瀋陽、重慶、青島、香港の6ヵ所の総領事館のどれひとつ、土地を取得したケースはない。他方、中国は東京港区の5,620坪の大使館以下、札幌、大阪、福岡、長崎で領事館用として殆んどの場合、1,000坪から1,500坪の土地を購入済みだ。いま、彼らが狙うのが、バーターの条件になった新潟市の5,000坪と、名古屋城の足下の2,400坪だ。
いま、それらの土地はどうなっているのか。自民党外交部会への外務省の報告では、名古屋市では河村たかし名古屋市長、大村秀章愛知県知事らが政府の慎重な対応を要請、住民も反対して、売却の動きは一応止まってはいる。他方、新潟市では昨年12月に5,000坪の民有地売却の契約が完了したとのことだ。
国家であることを忘れるな
元々、泉田裕彦知事も篠田昭新潟市長も中国との経済交流促進を掲げ、中国への土地売却には極めて前向きだった。だが、一度売却すれば、その国土は二度と日本には戻されない。中国への国土売却で、何が前進するのか、極めて疑問だが、いまや民主党や特定の首長だけでなく、谷垣禎一自民党総裁まで、中国の土地買収を奨励するかのような発言をする。
日中関係とは、中国が日本の国土を買い続ける中で、日本がひたすら腰を低くして貸していただき、吹き抜けひとつで新たな土地を差し出す関係なのか。こんなことでよいのか。互恵主義とは相手がこちらに与える待遇や便宜と同じものを与えることだ。米国政府はその考えに立って在米中国公館用に土地は売っていない。日本よ、国家であることを忘れるな。中国政府への土地売却を即刻中止し、適正価格で貸すことによって真の日中互恵を打ち立てるのだ。
中国が東シナ海の日中中間線にあるガス田「樫」(中国名・天外天)で単独開発を進め、ガス採取を始めていたことが1月に明らかになった。2月3日には、またもや中国海軍フリゲート艦4隻が沖縄本島と宮古島間を通過し、日本近海及び太平洋で軍事的プレゼンスを誇示した。
「産経」は1月30日の一面トップで中国共産党機関紙の「人民日報」が尖閣諸島を中国の「核心的利益」と呼んでいると、スクープで報じた。
核心的利益とは、それが中国の領土領海であり分離独立は許さない、そのような動きは軍事力を行使してでも阻止する、第三国の介入は許さないという意味だ。この言葉に凝縮されるように、ガス田の単独開発や軍艦の頻繁な航行は、中国が日本周辺の海を自国の海と見做しているから起きるのだ。
中国が我が国の領土領海を核心的利益と主張し始めたいま、島であれ町中の土地であれ、国土の一片といえども中国に売ることは、文字どおり、日本を中国領にすることなのだ。