「 人間としての情を封殺する中国共産党の支配体制 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年2月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 922
オバマ大統領が1月24日の一般教書演説でうたい上げたことの一つが米国の製造業の強さだった。製造業、エネルギー、労働者の技術力、新たな価値観に基づいて、持続的経済を築き上げる、そのため米国内で生産するハイテク企業の税控除を倍増する、工場のない地域に移転する企業には資金調達を支援すると公約し、「中国のような不公平貿易を調査する貿易是正部を設置する」と、名指しで中国を非難した。
中国があらゆる意味で不公平、不公正体質から脱してまともな国になるよう仕向ける道の一つが、開かれた経済・貿易圏を多国間でつくる環太平洋経済連携協定(TPP)である。
その中国経済について、石平氏と福島香織氏の『中国人がタブーにする中国経済の真実』(PHP)がおもしろい。
石氏が元中国籍で日本国籍を取得し、自身の天安門事件の体験などに基づいて中国共産党の本質を論じ、中国経済の脆さを指摘し続けてきたことは周知のとおりだ。一方、福島氏は産業経済新聞社の中国特派員として活躍し、フリーの記者となった。巧みな中国語と度胸のよさで中国内部の情報を報じてきた。両氏が語る中国経済のでたらめさ加減はすさまじいが、そのようなとんでもない経済をつくり上げた中国人の心に関する、両氏の洞察を日本人は記憶しておいたほうがよい。
昨年10月に広東省仏山市で2歳の女児がひき逃げされ、最後に廃品回収の女性に助けられたものの死亡した事件は、日本でも広く報じられた。事件のあまりの冷酷非情さに皆、背筋の寒くなる思いをしたはずだ。
だが、話はそこで終わらない。福島氏の後日談では、同事件についてのアンケート調査で7割が「トラブルを避けるためかかわらない」を選んだという。氏は「掛け値なしにこれが中国人の常識」と断じている。
氏は右の仏山市での女児死亡事件の約5年前に起きた南京市の「老女事件」についても言及する。これはすでに日本のメディアでも報じられたが、概要を説明する。バス停で倒れていた老女を若者が助けたところ、老女は「お前が私を突き倒した」と言って治療費を請求、事は裁判に発展して若者は治療費の4割の支払いを命じられた。
「他人など助けるものではない」という考えが広がるきっかけになったとされる右の事件のここまでは、私も知っていたが、福島氏の次の説明こそ、中国共産党支配体制の下では、中国人の善意は信じてはならないと自戒してきた私にとっても刮目の指摘だった。
福島氏は、裁判では若者は無実という目撃証言まであったのに、「罪の意識もないのに無関係の人を助けるわけがない」という理由で4割の支払いが決まったと語っているのだ。
中国では善意を善意として受け止める精神風土がないということだ。純粋な善意など彼らは信じない。善意の裏には魂胆や企み、贖罪意識があると、彼らは考えて疑わない。福島氏はそれをこう総括した。「中国社会では善意や良心を持っていたら生き残れない。それくらい厳しい社会なのです」。
石氏はそのような非人間的価値観は毛沢東時代から始まったもので、それ以前の中国には儒教の「礼節」の価値観が残っていたと擁護する。それはおそらく正しいのであろう。現に、瀕死の女児を一八人もが無視して通り過ぎた映像に中国の多くの人びとが怒ったのは、人間としての情を現代中国人が持ち合わせているからにほかならない。だが中国共産党支配体制の下ではそのような人間らしさも封殺されてしまう。
中国共産党の権力争いでは、〓小平(とう・しょうへい)が胡耀邦や趙紫陽を追放したように、常に非人間的な強硬派が、人間の自由や民主主義的考えを評価する良識派を駆逐してきた。誰も幸福にしないこの中国共産党支配体制が、石、福島両氏が予測する中国経済の破綻から、崩壊し始める可能性は大きい。