「韓国による朝鮮半島の平和統一の支持を野田政権は宣言すべきだ」
『週刊ダイヤモンド』 2012年1月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 Number 920
北朝鮮の金正恩氏ほど、世界がその実像を知らない指導者はいない。なんといっても、約20年も前に「金王朝」の料理人だった人物の解説が今も各種メディアで珍重されるのである。
だが、人となりが正確にわからなくとも、金正恩新指導部の展望がいかに危ういか、それによって日本の安全保障体制がどれほど圧迫される展開となるかについては、明確に想像できる。
金正日総書記の死後、北朝鮮は急いで正恩氏を朝鮮人民軍最高司令官とし、正恩氏の後ろ楯の中心人物で正恩氏の叔父の張成沢氏が、昨年12月24日、正日氏の遺体が安置された平壌の錦繍山記念宮殿に突然、四つ星の大将として現れた。
正恩氏と張氏は共に軍歴がない。いわば軍には素人の指導者をトップに就けるかたちで正恩体制が急ごしらえされたわけだ。しかし、この体制はおそらく長続きしない。
脱北者の証言を聞くたびに驚くのは、あの閉鎖社会で、党や政府の高官でもない庶民がじつによく海外事情を知っているという事実である。北朝鮮の上層部は軍人も含めてなおさら海外情報に通じており、独裁政権の展望のなさを知っている。どんなかたちを整えようが、北朝鮮の国民の大半を筆頭に軍、労働党の幹部らを含めて新政権を支え抜こうという人間は少ない。
正恩氏が2010年に爆風軍団と通称され、自身が直轄する朝鮮人民軍内務軍を創設したのは、そうした自覚ゆえであろう。内務軍は北朝鮮の国家安全保衛部や人民保安部の上部機関として、恐怖の支配構造の頂点に立つ機関となった。
だが、正恩氏を「卓越した領導者」「金正恩同志はすなわち金正日同志」として崇める新指導部は、早くも食糧調達で迷走の様相を見せ始めている。昨年12月末に、米国に食糧支援を要請して拒絶され、一方、同時期に、国民に外貨使用禁止令を出したのだ。
現在、北朝鮮の国民にとって、外貨といえば中国の人民元であることから、外貨使用禁止令は人民元の使用禁止、つまり中国と距離を置くことを意味する。中国排除と米国接近を、性急なかたちで明らかにしたのだ。この正恩外交の未熟さが北朝鮮外交の迷走となって、北朝鮮を舞台にした米国と中国、米韓日と中国の対立を促進する危険性は大きい。
たとえば、米国が食糧支援にも応じず、恒例の3月の米韓合同軍事演習に踏み切れば、正恩氏はまたもや核実験を強行する危険性もある。その北朝鮮とイランが協調することもある。
周辺諸国にとっては正念場なのだ。北朝鮮および朝鮮半島がどうなるかではなく、どうするかを、考えなければならない。日本にとって最善の展開は、朝鮮半島を韓国による自由統一へ導くとともに、同半島への中国の介入を断固阻止することである。
驚くことに、韓国人の多くが、大半の日本人は朝鮮半島の分断継続と弱い韓国を欲していると信じている。
そうではなく、朝鮮半島の安定と自由体制は、日本にとっても非常に重要なのだと言明し、実際に韓国の自由統一を支持する具体策を準備すべきだ。日本政府がその意図を明確に韓国側に伝え、これから予想される種々の難局で常に韓国を支える体制をつくっていくことによって、日韓間の不幸な歴史を書き換える好機とすべきだ。日本がそのような戦略を打ち出せば、北朝鮮を越えて韓国にもすでに深く浸透ずみの中国の影響を殺ぐことにもなる。
そのために野田政権がすべきことはまず、米韓両政府が09年に発表した韓国による平和統一を目指すという共同宣言への支持を宣言することだ。これは宣言するだけで、きわめて大きな政治的力を発揮する。次に、早急に集団的自衛権行使に踏み込むことだ。そこまでできれば、野田政権こそ日本の政界再編の中心軸となっていくと思う。