「 アジア太平洋自由貿易圏への道 米国、中国、それとも日米が主導するか 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年12月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 914
アジア太平洋情勢がダイナミックに変化するなか、日本の命運は世界情勢を俯瞰して大戦略を考えることができるか否かにかかっている。私たちは大局に立たなければならない。
インドネシア・バリ島のヌサドゥアで11月19日に開催された東アジアサミット(EAS)は、米国の対中政策の新たな展開を強く印象づけた。
ASEAN10ヵ国首脳と、日中韓印豪にニュージーランド、新たに参加した米露の18ヵ国で構成するEASの主要議題は、中国の強い反対にもかかわらず、南シナ海問題となった。
中国は南シナ海は中国と関係諸国2ヵ国間の問題であり、米国など第三国を交えた多国間協議で取り上げるべきではないと強く反対した。にも拘わらず、18ヵ国中、実に15ヵ国が南シナ海問題に言及し、ついに中国自身が発言を求めて反論する展開となった。中国が国際法を恣意的に解釈し、強引に南シナ海を自国の海および領土だと主張し、軍事力で既成事実化しようとすることに、諸国が結束して反対し、牽制したわけだが、その背景に米国の強い意思があった。
オバマ大統領はEASに先立って、オーストラリアのダーウィンに海兵隊を駐留させることを決定、インドネシアへの最新式F-16C/D戦闘機24機の売却も決定した。台湾が熱望したにもかかわらず、台湾への売却を見送ったF-16C/Dをインドネシアに与えるという決断は、オバマ大統領の南シナ海重視の姿勢を反映している。他方、クリントン国務長官のミャンマー訪問計画も打ち出された。太平洋国家であると唱えてきた米国が、同盟国との連携強化を通してアジア太平洋のプレゼンスを拡大し、対中抑止力の強化戦略に具体的に踏み出したのである。
日本の安全保障も経済戦略もそうした枠組みの中で考えなければならない。現時点で国論を二分している環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)もむろん同様である。
TPPはAPECが2020年をメドに構築を目指すアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への道の一つである。ASEANプラス6(日中韓印豪ニュージーランド)も同様により大きな枠組みとしてのFTAAPへの道となり得る。他方、地域の枠組みとして、中国が目指すASEANプラス3(日中韓)もある。
いずれの道を選ぶのか、争点は、米国主導か中国主導かだといってよいだろう。日本の目指すべき戦略は、米国主導を日米主導のかたちにして、日米を軸にアジア太平洋諸国の連携を経済、情報など広範な分野で実現することだ。そのような責任を引き受けるだけの力を、本来、日本は有しているはずである。私たちがそのことを自覚し、叡智を結集し、力を尽くすことが対中抑止力となると肝に銘ずるときだ。
国内にはしかし、TPPが日本の特性を消し去ってしまうとの不安や、現政権の交渉能力を疑問視し、米国にしてやられるとの懸念がある。
交渉力の欠如ゆえに不参加という選択は何物も生み出さない。米国主導を嫌って中国主導の別の枠組みに傾くことは、鳩山由紀夫氏の日米中正三角形路線に入ることを意味し、論理の破綻である。
日本の取るべき道は民主主義や国際法の遵守、自由と人権の擁護を柱とする世界秩序の構築に果敢に資することでしかあり得ない。その道で主導的立場に立ち、中国式秩序を一つひとつ打ち消していくことが重要である。TPPの個別の問題については、なによりもまず感情論や思い込みを離れて、冷静に議論することだ。
EASで見られたように、アジア太平洋諸国はいまや、中国の価値観に従うことを是としない。彼らはそのことを明確に発言した。中国に誤解させない枠組みづくりの先頭に立つことが日本の国益である。