「 野田首相は党内融和よりも信念を掲げて戦うべきだ 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年9月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 903
9月2日、野田佳彦氏が民主党3人目の首相となった。党代表選挙で、柔道と同じく政治においても自分は寝技が苦手と語ったが、人事を見れば、氏はなかなかの寝技師である。
小沢一郎氏の盟友で日教組勢力率いる輿石東氏を幹事長に据え、党の資金と公認権をあずけた。代表の座を争った5人の候補者中、野田氏はただ1人、小沢詣でをしなかったとされていたが、実は代表選前に細川護煕元首相の仲介で会っていた。いきなり本丸に乗り込むかのような、この人事で党内抗争は鎮まった。
寝技で野田氏は党内融和を実現したが、融和を成し遂げた先に政権として何を成し遂げるのかが問われている。
首相は自らの組閣の基本を「適材適所」と強調したが、その布陣からは一貫した目的意識は感じ取れない。確かに部分的に評価すべき要素はある。たとえば国防に素人であることを認め、「これが本当のシビリアンコントロール」と語った一川保夫防衛相には、しっかりした国家観を持つ渡辺周氏が副大臣に就いた。安全保障に詳しい長島昭久氏は首相補佐官になった。元防衛政務官の長島氏は野田氏が代表就任前に発表した「政権構想」の安全保障分野を担当し、日本の防衛力の整備を強調した。これなら安保政策が大きくはずれることはないだろう。このような人事は、しかし、例外的である。
全体的に見て、野田政権の閣僚の能力は未知数であり、不安を抱かせる。政治家の力が弱ければ、当然、官僚の力が上回り、官僚主導となる。実態として、財務省主導になるだろう。
官僚の知恵を活用することに反対するのではない。有能な官僚に日本国のあるべき姿を指し示し、彼らを真の国益のために働かせるような指導力を発揮できる政治家が、野田内閣にいるのか、疑問なだけだ。
内閣から党人事に目を移せば、別の意味の政治主導の悪影響が懸念され、これから提出されるであろう民主党の政策に深刻な懸念を抱かざるを得ない。
党の政策のすべてが政策調査会の了承を得なければならなくなったのは周知のとおりだ。責任者は前原誠司政調会長である。その下に仙谷由人氏が会長代行として就いた。氏は菅直人前首相を官房長官として支え、対韓、対中外交に見られるように、日本の主権を否定する歴史観に基づく外交を展開した。あまりにも国益を顧みない外交で国民の信頼を失い辞任に追い込まれた人物が、民主党の政策のすべてをチェックする立場に立ったのだ。
憂うべきは外交だけではない、国内政策では、外国人参政権、人権擁護、夫婦別姓法案など、直ちにいくつかの法案が脳裏に浮かぶ。国家の基盤や日本人の価値観を根本から変えてしまうような政策が順次、国会に提出されると考えるべきだろう。そうした政策は、必ずしも野田首相の信ずるところではあるまいに、党内融和のための人事が、このような結果を招きつつある。
人事の懸念はもう一点ある。小沢氏の裁判の結論は予測しようもないが、無罪判決の場合、氏は復活し、再び政治に大きな影響力を持つだろう。すでに輿石氏は幹事長職にある。小沢・輿石体制が民主党内で強い力を行使する構図が再現されると見てよいだろう。
その場合、野田首相の政策はどんな影響を受けるのか。マニフェストの見直しをはじめ、前述の外国人参政権や、税制についても首相と小沢陣営との考えの差は大きい。政権発足一週間ですでに、復興財源問題で政府税調が揺れている。前政権でさえも、党からの反発はあったが、政府内は少なくとも一致していたのに、である。
首相の考えや価値観が党内融和でつぶされる危険性が見て取れる。日本と民主党を取り巻く現状は妥協を許さない厳しさの中にある。首相は融和よりも、信念を掲げて戦うしかないことに気づくべきだ。