「 戦略的アプローチと勁さで外交を立て直してほしい 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年9月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 902
なるほど、現在(いま)はひたすら癒やしを求めているのか。多くの混乱と対立、政策の理不尽さという負の遺産を引き継ぐ政権選びはこういうふうになるのか。それにしてもこれで米中両国をはじめ、国際社会に伍して日本を引っ張っていけるのか、そう感じた民主党代表選挙だった。
398人の民主党議員を前に、5人の候補者の語ったことは、主として政治を志したきっかけや自らの生い立ちなどだった。
率直にいって、馬淵澄夫氏の田中角栄物語には違和感を抱いた。氏が田中氏に憧れて政治を志したのは、それはそれで一つの物語だが、数の力、カネの力を基本にした田中政治の負の遺産が小沢一郎氏に引き継がれ、現在の民主党の足を引っ張っているのではないのか。馬淵氏は田中政治への熱情よりも、12人家族で暮らし、「社会のあらゆる問題を家庭内に抱え」、それを一つひとつ乗り越えてきたことや中小企業経営者としての実績こそ、熱情を込めて語ればよいのだ。日本の政治の、正よりも負の遺産と位置づけられる田中政治を卒業し、新しい世代の政治家としてエネルギーを前向きに発揮することこそ求められている。
5人の中で比較的、政策を論じた印象を与えたのが海江田万里氏だった。しかし、氏の政策は小沢氏の意向を受けて、民主党のマニフェストをなぞったものだ。借り物の言葉を、一生懸命に覚え、間違わないように語る氏の姿は、透明性を欠くカネの力を駆使して、数の力を得た小沢氏の色濃い影を実感させた。
前原誠司氏、鹿野道彦氏の訴えは省いて、野田佳彦氏である。氏の語った生い立ち物語は、誰も否定出来ない誠実で心優しい庶民の物語だ。氏自身の子育て体験にも庶民らしさを漂わせていた。あっという間に成長する2人の子どもに合わせて次々と洋服を買い替えなければならない。そのとき、子ども手当があればどれほど助かったかとも語っていた。
財政規律を重視し増税を唱える氏の子ども手当重視論は、小沢氏らへの配慮ゆえか。8月末日までに判明した党人事は、同様の小沢陣営への配慮を反映している。このことが以降の野田政権の政策の基本形を示すのであれば、民主党の融和は実現しても党としての再生は不可能だ。
だが、いま最重要の課題は民主党の再生よりも日本の再生なのだ。その点、党代表選挙で最も気になったのは、党内融和重視の配慮や優しさが目立った一方で、対外政策がほとんど論じられなかったことだ。
内向きの論議からは、民主党政権の2年間で日本の国際社会における立場も影響力も根本から崩れ、弱まったことへの危機感が感じられない。中国もロシアも韓国も、領土問題でかつてない攻勢を仕掛けている。とりわけ中国はいまや「大国意識」の高揚感の中にあり、軟らかい土はもっと掘れとばかりに激しい攻勢をかけつつある。その状況の下で、外交を立て直すには、単なる配慮を超えた戦略的アプローチと、優しさに替わる勁(つよ)さが必要だ。日本が政治ゆえに、外交ゆえに失った力や価値をどのように挽回するのかを考えてほしい。
良好な日中関係の維持は必要だが、互いの価値観はあまりにかけ離れている。合意不可能な問題が厳然として存在することを受け止める勁さを持つことだ。野田氏はいわゆるA級戦犯について、すでに法的に名誉回復はなされており戦争犯罪人ではないと明言した。であれば、今秋の例大祭には靖国神社に正式に参拝してほしい。中国が非難するとしても、日中は違いを認めたうえで内政干渉しないことが重要なのである。国際社会では当然のこの常識に基づいて、また、配慮と優しさを超えて、日本の首相として堂々と持論を主張出来るかが問われている。