「 放射能除去で国土復興を目指せ 」
『週刊新潮』 2011年6月2日号
日本ルネッサンス 第462回
福島原発事故で日本は一夜にして、それまでの原子力平和利用の「優等生」から「前科者」になったと山名元(はじむ)教授は語る。京都大学原子炉実験所の山名氏は、大事なことは日本を第二のチェルノブイリにしないこと、端的に言って美しい福島を取り戻すことだと強調する。
自然も人情も日本本来の美しさを保ち、「うつくしま ふくしま」と呼ばれてきた福島が、いまや原発事故の代名詞のように呼びならわされる。そんなことでよいはずはない。日本は、福島、日本、さらには人類全体のために、美しい福島を取り戻さなければならない。
福島はチェルノブイリとは格段に異なる。放出された放射能は、チェルノブイリの10分の1、住民の被曝量も現時点では低く、死者も出ていない。食物を介しての子供の甲状腺癌の発生も、限りなくゼロに近づけることが出来ると、山名氏は語る。
但し、そのためには、今後の対策、とりわけ原発から生活環境に放出された放射性物質の除去が死活的に重要である。山名教授が語る。
「京都大学の私たちの研究チームは福島県と協力して車に放射線計測器を積み、走りながら10秒おきに放射線量を記録しています。高濃度の汚染域が帯状に広がっているかと思えば、少し離れただけで放射能レベルが顕著に下がっている地域もあります。気象や地理的条件によって複雑に広がった放射性物質の分布を正確に把握し、健康被害を生じさせることなく、如何にして生活環境を復元するか、叡智を結集すべき時なのです」
国際放射線防護委員会(ICRP)の基準は、事故収束時点で年間被曝量が1~20ミリシーベルトの範囲で居住は可能としている。ただ、上限が20ミリシーベルトとされてはいても、それを出来るだけ下げなければならない。最も心配なのが幼い子供たちへの放射能の影響である。チェルノブイリの被害に顕著だったように、乳幼児や学童は被曝で甲状腺に影響を受け易い。住環境を汚染する放射能の除去が急がれるゆえんだ。
いまなら、まだ機能する方法
子供たちが長時間を過ごす校庭の安全確保について文部科学省は5月11日、①表層の土を削って下層の土と上下を入れ替える、②削った土を穴に埋める、のいずれかが放射線量の低減に有効だと福島県教育委員会に通知した。山名教授が語る。
「汚染土の処理法は基本的に二つ、第一が土を削り取り埋設する方法です。その場合、長年にわたって管理可能な地域を選び、地下水の浸入を防ぐ措置を施し、上を深い表土で覆い、植物を植えます。これを素掘り処分と言います」
文科省も②の「穴に埋める」を推奨しているが、埋設法は削り取る土壌の量が増えれば増えるほど大変な作業となる。しかし、いまならまだ、この方法は機能するという。
「セシウムは5月下旬段階でまだ地表1センチくらいのところにとどまっていますから、3センチほど削り取ればよいのです。雨が降ったり、長い時間が経過すると、セシウムは徐々に土の中に浸透します。表層土の剥離は早い方がよいのです」
ところが文科省は①の「上下入れ替え方式」も勧めている。これは表土を10センチ削って下層の20センチの土と入れ替えることで放射線量を9割減らせるというものだが、表層と下層の土の入れ替えは問題の解決にならない。上下を入れ替えてもセシウムの汚染土は残り、いずれ、埋設しなければならなくなる。いまなら3㌢削り取ればよいところを文科省の指示に従えば、深さ30センチまで入れ混ぜることになり、削り取る土壌の量は10倍に膨れ上がる。文科省の指示はこの点において間違っている。
山名教授の指摘するもうひとつの方法は、コストがかなり高くなるが、汚染された土壌を洗う方法である。機械で水と混ぜながらセシウムを洗い落とし、きれいになった土壌だけを元に戻す。水に溶けたセシウムは固体にしてピット処分する。
原子力発電所で生じる放射性廃棄物の多くは固体化され、ドラム缶に密封され、コンクリート製の深い地下室に貯蔵、管理される。これがピット処分である。
このように一定の処理法はわかっていても、いま地方自治体の現場は大きな問題に直面している。日本には汚染された環境の復元に関する法律も、政府の指示も指導もないからだ。山名教授が厳しく指摘した。
「そもそも政府には国土を修復するという統一されたヴィジョンは全くないと思います。官邸にも文科省にも経産省にもありません」
土壌汚染対策法は放射性物質を対象外とし、原子炉等規制法は環境中に放出された放射性廃棄物を対象外としている。
法整備の欠陥を補うためには新たな立法が必要だ。しかし、民主党政権は全く動かない。動く意志もないかに見える。見えてくるのは、費用は地方自治体の責任で負担せよという類の、地方への丸投げのみである。
美しい福島の回復
地方自治体は現実に子供たちの健康被害を防がなければならない。福島県内の6自治体の首長は、すでに高木義明文科相に、土壌処理法の基準提示や費用支援などを求める要望書を提出済みだ。高木文科相が「他の省庁と十分協議する」と答えるにとどめたのとは対照的に、5月1日までに、郡山市が小中学校、幼稚園・保育所の計約50カ所で、伊達市が2小学校と1幼稚園で表土の除去作業を済ませた。除去した土は処分出来ないまま、校庭の隅での仮保管が続いている。
ここまでは地方自治体の手で出来ても、問題は校庭にとどまらない。農地、牧草地、森林すべてが対策を必要としている。山名教授は田や畑、牧場も表土を削り取ることで美しい福島の回復は可能だとするが、問題は森林である。
「森林では放射性物質は殆ど葉っぱについています。落ち葉を集めるには、森林は余りにも広い。また機械で出来にくいとはいえ人力で行うには被曝の危険が強く、ためらわれます。落ち葉を全て取り除けば有機物の循環が止まり、森自体が損なわれる可能性もあります。森林の放射能除染は、森と海に関わる壮大な課題です。国家プロジェクトとして専門的知識を集約して取り組まなければならないと思います」
日本はロシアでなく、福島はチェルノブイリでないと証明するためにも、高濃度汚染の町も含めて福島のどの町も村も、田畑も山森も、他国のお手本となる手法と努力で復元しなければならない。日本復興の基本である環境修復の道筋さえつけられずにいる菅直人首相は24日、サミット出席のためフランスに出発した。サミットで日本の復興を世界に宣言すると語ったその笑顔こそが虚しい。