「 莫大な国費投入で『中国の頭脳』を育んでいる『日本の大学』 」
『週刊新潮』 2009年12月3日号
日本ルネッサンス[拡大版] 第389回
「 教育崩壊 」 (後編)
日本にはいま、短大を含め1,200近くの大学が存在する。大学院大学も各地に創設された。これだけを見ると、日本は文字どおり高学歴の、知的国家であるかのような印象だ。その一方で、日本の学生たちの著しい学力低下は覆うべくもない事実だ。
高等教育の実態把握のために、京都大学経済研究所所長の西村和雄氏らが数学力についての比較テストを行ったのは2001年だった。対象は大学の学部生、院生、短大生である。結果は予想以上に深刻で、西村氏らは危機感を深めた。
「旧帝大の経済学系院生の学力の水準が、同じ大学の学部生や地方の国立大学の夜間の経済学部の学生よりも低かったのです。98年に調査した女子短大生と同じレベルでした。驚いて翌02年、調査科目を英語、国語、理科、社会にも広げました」
その結果も惨憺たるものだった。問いによってバラつきはあるが、前年同様、院生の学力の信じ難い低下が明らかになった。たとえば、{1+(0.3-1.52)}÷(-0.1)2 (2は二乗)の計算である。
基本ルールさえ知っていれば、単純計算を順序どおり行うことで解ける問いだ。にもかかわらず、院生の正解率は半分以下の48%にとどまり、短大生の正解率、60%に及ばなかった。
ガラスに当たった光が空気の中でどの方向に進むかの問いは、短大生の90%が正解したが、院生の正解率は67・1%だった。
他にも、平安時代と室町時代のどちらが古いのかを知らない院生、アメリカの首都名を知らない院生、絶体絶命の「体」、五里霧中の「霧中」が書けない院生も、少なくなかった。理系知識においても文系知識においても、呆れるほど貧しい院生たちの現実が浮き彫りにされたのである。
繰り返すが、これは旧帝国大学の大学院生の調査である。明治維新以来、日本は目ざましい発展を遂げて世界を刮目させた。それを可能にしたのが、学問研究の基礎を担い、人材を育て上げた旧帝大である。つまり、東大、京大、東北大、九大、北大、京城大、台北大、阪大、名大だった。日本の敗戦後の1947年、旧帝大から「帝国」の文字が消え、京城大学と台北大学はなくなった。かつて日本の知的土台を構成し、日本飛躍の原動力となった旧帝大の、その院生たちにいまなにが起きているのか。
西村氏も、東大名誉教授で千葉工業大学惑星探査研究センター所長の松井孝典氏も、学力低下が特に顕著な理系の分野について、その背景に文部科学省の間違った教育政策があると指摘する。
91年7月、当時の文部省大学審議会の大学院部会が「大学院の量的整備について」という中間報告を纏めた。「2000年までに大学院生を倍増し、18万人程度にする」との内容だった。
院生倍増の理由は、研究者需要の拡大が予想される、企業が高度の専門知識と能力を備えた人材を求めている、留学生の増加が予想されるなどとされた。
右の中間報告は政策に反映された。結果、91年当時約9万人だった大学院生は10年後に20万人を超え、06年には26万人へと、倍増にとどまらず3倍近くに増えた。
では、日本人の知的水準もその分、高まり、世界を牽引するような研究成果を生み出してきたのか。結果は正反対である。先に見たように、まず、日本人学生の質が低下した。そしてもうひとつの大きな変化が生まれた。日本の大学院がまるで中国をはじめとする外国人留学生のための学問研究の場となったかのような状況が生まれたのだ。
松井氏は今年3月の定年まで東大で教えていたが、まず日本人学生の質低下の背景についてこう語る。
「学生の基礎学力の低下は、東大も同じですが、とりわけ深刻なのが大学院でした。定員が大幅に増やされた結果、学部よりも大学院の定員のほうが多いという珍しい事態が生じました。結果、院生は内部進学者よりも外部進学者の方が多くなり、大学院入試の平均点も下がっていったのです」
中国人留学生に席巻
かつては、定員に満たなくても、研究レベルに達していない学生を院生として取ることはしなかった。ところがいまや定員割れは許されない。定員割れすると、教授削減の圧力が文科省から掛かる。さらに教授の評価基準のひとつに「どれだけの数の学生を育てて博士号をとらせたか」がある。
こうした状況の下で、学力の低下した日本人学生を相手に教授らの涙ぐましくも虚しい努力が続いた。
「どんなに成績の悪い学生でも、一定数は博士課程に上げて論文を書かせなければなりません。そのため多くの教授が、学生の代わりに論文を書いてやるような状況が生まれています」と松井氏。
地方のある国立大学法人では、どうしても修士論文を書けない院生のために、講義終了後にレポートを提出させ、2本のレポートで修士の学位を授与することを検討している例もある。
西村氏は責任の大きな部分は文科省の矛盾する方針にあると語る。
「ゆとり教育で最も置き去りにされたのが理科教育でした。僕らが高校生のときは95%が物理を履修しましたが、いまの高校生は約10%です。そのなかで物理に秀でる生徒は100人中5人くらいでしょう。文科省はこんなカリキュラムを組ませ、日本の子供たちは物理を学ばなくてもいいという酷い教育をしてきた。そしていざ大学に来ると、基礎が出来ていない、それでも定員を守って、院生を取れという。となると、外国人留学生を取らざるを得ないでしょう。留学生の約6割は中国人学生です」
こうした一連の事情に加えて、日本の高等教育が外国人留学生、特に中国人留学生に席巻される要因に、政府の積極的な留学生受け入れ政策がある。京都大学大学院人間・環境学研究科教授の中西輝政氏が疑問を語った。
「自民党政権のときに留学生を30万人に増やす計画を作りました。アジアからの留学生を積極的に募集するといいますが、大半が中国の学生です。国を挙げて中国人を迎え入れる、こんな国策は他国では聞いたことがありません。日本は本当に珍しい国です」
中国人留学生急増の背景に、日本の国費、もしくは民間の奨学団体による支援の充実がある。大学によって事情は異なるが、留学生への経済的支援策は、日本人の大学院生に対する支援策よりもはるかに手厚いのである。
自民党参院議員で安倍・福田内閣で教育再生担当総理補佐官を務めた山谷えり子氏が語った。
「外国人留学生1人につき、1年間で奨学金として約250万円、かかると言われています。優秀な学生に来てもらい、留学後も日本に残ってくれたり、母国へ帰った後に日本との架け橋になってくれることを期待して生まれた制度です。しかし残念ながら、いまの日本はそのような国家戦略を持ち合わせているように思えません」
「目が死んでいる学生」
政府の留学生優遇政策を反映して、各大学も積極的な支援策を講じている。松井氏が語る。
「東大には『東京大学博士課程研究遂行協力制度』という独自の制度があり、博士課程の大学院生2,000名に、年間30万円を支給しています」
この制度は必ずしも留学生だけを対象としたものではないが、私費留学生でも申請すれば支給して貰えるために優秀な外国人留学生確保のための制度という意味合いが強いと指摘されている。
この他にも、東大は東大フェローシップ(外国人留学生特別奨学制度)で、優秀な留学生140名程度に月額15万円を援助している。
「そもそも優れた学生に来てほしかったら、魅力的な大学作りを行い、優れた教授陣をえていい教育をするべきなのです。教授陣の給料を抑え、削ったお金を留学生に渡して呼び集めようという考え自体がおかしい。外に目が行きすぎて、内に対する視点がなくなっています」
外国人留学生、とりわけ中国人学生への豊かな経済支援策とは対照的に、日本人の院生たちを取り巻く状況の厳しさを指摘するのは水月昭道氏だ。
氏は、立命館大学人間科学研究所研究員で、「高学歴ワーキングプア」という言葉を創った人物だ。外国人留学生との比較で、日本人の院生の「不利な状況」について氏は、こう語る。
「分野にもよりますが、修士号に2年、博士号に3年、計5年を大学院ですごすと、学費だけでも平均で600万円はかかります。日本の院生は奨学金を借りている人が多い。多くの留学生は日本人院生のように借金をしなくてすみます。日本の文科省も留学生の母国政府も彼らにさまざまな援助を提供し、就職先も確保されていますが、日本人の院生にはそれがありません」
奨学金を借りたか、自費で学んだかは別にして、院生らが博士課程を修了しても就職率は約50%だったこともある。2人に1人が就職出来なかったのだ。その数は毎年5,000人近くに上り、これまでに約10万人の高学歴無職者が生まれている。
氏は語る。
「大学は彼らを非常勤講師として安く使います。代わりは幾らでもいると、大学側は考えますので、状況は改善されず、やる気のある人でもやむ無く国外や民間企業に行ってしまいます」
国立大学のある教授は、このことを逆から見てこう語った。
「外に出るだけの実力も気持もない『博士たち』が研究室に残るのです」
別の教授もこう語った。
「院生を日本人学生と中国、もしくは韓国の学生で較べると、文句なしに意欲のあるのは中韓の学生です。能力も中韓の学生のほうが高い場合が圧倒的に多い」
松井氏は東大の本郷キャンパスで3、4年生を教えてこう感じたという。
「みんな目が死んでいるのです。僕らの時代は、東大理学部に入る学生は圧倒的多数が研究者志望だった。しかしいまは、学力が低下して学部学生でも何をやりたいのかわからない人が増えた。そうした目の死んでいる学生を相手に授業をすることは、研究者として一番耐えられないことでした」
こうしてみると、日本人学生の学力の低下と政府の留学生政策が、負の相乗効果で下降スパイラルを形成しているのが見えてくる。中国はその間にも留学生を国家建設のために積極的に活用してきた。
中西教授の指摘である。
「鄧小平の時代から、過去30年間、中国は技術開発を自力で行うより、先進科学技術立国に学生を送り、技術を持ち帰らせることを国策としてきました。日米欧に積極的に学生を送り出しましたが、知的財産権の概念が確立されてから、米国は敏感に反応し、技術流出に厳しい制限を課しました。留学生や企業の技術者が出国しようとして、米国政府当局に身柄を拘束されるケースが相つぎました。結果、ここ10年ほど、日本への優秀な中国人留学生が増えたのです。ここ数年来の米国の状況、中国の国策を考えると、各々の学生が分野別にミッションを受けて、先進的な技術や知識の習得・吸収を目的に来日していると見てよいでしょう」
そのような状況があるにもかかわらず、日本の留学生優遇政策はなんの検証も加えられることなく続いている。たとえば、中国人留学生たちは、卒業後どのようなコースを歩んでいるのか。国費を投入して育てたからには、卒業後の彼らが日本のために役立っているか否かを調べ、後学のよすがとしなければならない。だが、文科省は満足な追跡調査さえ行っていない。国費は投入されたまま、放っておかれているのだ。
悪しき成果主義
これ以上の政策不在はないだろう。どの国にとっても人材こそが国の基礎である。とりわけ資源もなく、隣りに大国たらんと渇望し、尋常ならざる努力を続ける覇権主義の中国を抱える日本にとっては、各分野で優れたリーダーとなる人材を育成しなければ、国そのものがもたない。にもかかわらず、人材育成に最重要の役割を果たす高等教育の場において中国人留学生らの席巻を許し続けている。彼らをも育てながら、日本人学生をどのように育てていくのか。なにを為すべきなのか。元文科大臣の伊吹文明氏は、日本の高等教育における質の低下は大学院生の数の倍増だけでなく、5年前に実施された国立大学法人化に大きな原因があるとして、次のように語った。
「国立大学を法人化したことによって、大学人が教育者であることに専念出来ず、経営者や管理者に化けてしまった。大学教育がすぐに経済的メリットや金を生み出すものに特化した感があります。明らかに大きな弊害が生まれており、日本にとっての深刻な危機です」
国立大学法人化は、国立大学の経営を合理化し、競争力を強め、学問研究をさらに高度に推進するための改革だったはずだ。現実に起きたことは、しかし、その目的とは大きく外れた、大学らしからぬ民間企業のような評価基準の導入だった。政府は大学に出してきた運営費交付金を減らし、大学自らがお金を集めるよう誘導した。長い思索の時を費やして為される人類に貢献するような研究は許されなくなった。短期的に成果を出すことが求められ、悪しき成果主義が目立つようになった。伊吹氏はそのことに言及し、断言する。
「大学を国立に戻すべき」
高等教育の惨状を改善するには、伊吹氏の指摘するような大胆な発想が必要である。1,200校にも上る大学の整理統合も必要だろう。同時に、例えば旧帝大を真に日本を代表するエリート校として立て直すことが欠かせない。それらを、中国の精華大学や北京大学、米国のハーバード大学などに劣らない大学にするには、大学への文科省からの天下りをなくし、大学教育への官僚の影響を排除すること、十分な予算を注入し、長期的かつ自由な研究を許すことは基本の中の基本である。