「 日本は韓国保守派と連帯せよ 」
『週刊新潮』 '06年11月2日号
日本ルネッサンス 第237回
“韓国の盧武鉉大統領が前のめりになって金正日総書記の懐に飛び込みそうになっている、その背中を米国が厄介払いをするかのように突き飛ばす”
私が諷刺漫画の著者なら、今週はこんな絵柄を描いたであろう。そしてその先に起こり得る混乱は、どこかで見たことのある悲劇、あの朝鮮戦争である。
10月20日、ワシントンで開かれた米韓両国の安全保障協議会(SCM)は、韓国の保守派が恐れていた結果となった。現在、米韓両軍が共同で保持する朝鮮半島の戦時作戦統制権を、09年10月15日から12年3月15日の間に、全て韓国軍に移管すると合意した。早ければ3年後に、韓国軍は米軍と離れて単独で危機に対処することになりかねない。
現在、韓国の作戦統制権は平時においては韓国軍が行使し、有事においては米国の作戦統制に基づくことになっている。今回、後者の戦時統制権も韓国軍に委ねられることになった。これによって米韓軍事同盟は根底から変化することになるのだ。
在韓米軍のプレゼンスが弱まり、米軍縮小によってもたらされる軍事的空白は、北朝鮮が付け入る隙となっていく。北朝鮮は核、ミサイルなどの開発をさらに活発化させかねない。それが昂じれば、1950年6月の二の舞になりかねない。
50年1月、当時の米国務長官アチソンは、太平洋地域における米国の防衛線はアリューシャン列島から日本列島、沖縄、フィリピンを結ぶ線であると演説し、朝鮮半島を除外した。金日成は、これを、自分が南進しても米国は見逃すサインだと考えた。そして6月25日、金日成は南侵、朝鮮戦争を勃発させた。
南侵の野望を抱いていた金日成に、そうしてもよいのだという幻想を与え、誘い水となったのがアチソン演説だった。今回の米国務長官、ラムズフェルド氏の判断に、同種の危険はつきまとわないだろうか。
が、米国防総省への批判は公正でないかもしれない。それ以前に問題なのが、盧武鉉大統領と同政権を支える韓国の一部世論である。
北に傾斜する盧政権
もし、米国と北朝鮮が戦えばどちらを支援するかとの問いに、約6割の韓国の若者が北朝鮮と答えた世論調査があった。北朝鮮の核に関して、盧武鉉大統領は「北朝鮮が核とミサイルで自国を守ると主張するのは一理ある」(04年11月)などと語り、米韓の合同軍事演習が北朝鮮を不安にするとして、同盟国の米国を否定し、北朝鮮に与する姿勢をとった。今回の核実験では、直後こそ、盧大統領は金正日を支えてきた太陽政策の再検討に言及したが、二日と経たないうちに同政策を放棄するわけではないこと、金政権に多大の収入をもたらす金剛山観光事業も、開城工業団地開発も、従来どおり支援を与え、継続すると述べた。
他方、韓国国民の間では、盧政権の親北朝鮮・反米政策への不安も高まった。8月2日には1960年代以降の歴代国防相ら13人が揃って尹光雄国防相を訪ね、米軍との協調の必要性を説き、戦時作戦統制権の韓国軍への一本化は「時期尚早」と談判、この異例の直訴に連なる動きは、北朝鮮の核実験後には尚も高まった。しかし、北朝鮮が核実験に踏み切るという状況の大変化にもかかわらず、盧大統領は、同問題について方針は変えないと主張したのだ。
米国は朝鮮戦争で14万人の死傷者を出した。米国人の血で韓国を守ったという自負は当然だ。それなのに、韓国は自分たちを敵視し、北朝鮮に心情的に同調するとの憾(うら)みが米国にはある。そんなところに、去年9月、韓国側は戦時統制権の「返還」を申し入れた。世界規模で米軍再編を進める米国は渡りに船とばかり、韓国の申し入れを受け入れた。
最も強い危機感を抱いたのが韓国の軍人たちだ。彼らは北朝鮮の脅威の前に体を張って戦ってきた人々だ。朝鮮戦争の体験者も多い。保守派にも、北朝鮮の狡猾な手法に煮え湯をのまされてきたとの想いが強い。だからこそ、北朝鮮に対しては十分な武力を持って対処しなければ、韓国を守ることは出来ないと恐れている。
生み出される深刻な危機
彼らは問う。あと、たった3年で、どのようにすれば韓国軍単独で北朝鮮軍に対処出来るのかと。彼らは北朝鮮のミサイルや核を監視する独自の情報システムの構築、指揮統制システムとその装備の整備など、“絶対に間に合わない”“到底、追いつかない”と語る。
韓国の近未来を憂える保守派、知識人、軍人たちの大々的なデモが相ついで行われた。9月2日には、ソウル市の中心街で保守派20万人が盧武鉉政権糾弾集会を開いた。9月5日には知識人らが憂国声明を発表、「韓・米連合軍解体工作阻止のための盧武鉉最後通牒国民決起大会」などを経て、保守の言論人150名が連名で構成する「国家非常対策協議会」が「非常時局宣言」を出すに至った。代表を務める金尚哲氏は韓国のキリスト教団体の支持を得ている有力言論人である。
彼らは10月11日、まず、「非常時局宣言」を発表、盧武鉉政権と北朝鮮との間の虚構に満ちた対話と交渉は平和を大義名分とした対北支援の継続につながり、韓米同盟の崩壊と在韓米軍の撤収をもたらす、その結果、韓国は「赤化滅亡」すると警告した。
この危機を克服するには、「金正日暴力政権の終熄」しかないのであり、その過程では「犠牲を覚悟しなければならない」とも述べている。つまり、北との軍事衝突、戦争も覚悟せよと言っているのだ。
彼らは日本にも言及した。
「我々は、あらゆる手段を講じ北朝鮮の核武装を阻止しようとする米国のブッシュ政府と日本の安倍晋三政府の政策に力強い支持を送る」と。韓国政府と国民の間には、日米両国政府に対する考え方にも、大きな開きがあるのだ。上の「非常時局宣言」は、10月19日、さらに主張を強めた。
彼らが発表した第二次非常時局宣言は、盧政権は国民の意思を代表していないと断じ、盧大統領と金総書記が「共助策動」して「国家反逆の陰謀」を推し進めていると激烈に非難したのだ。
盧大統領は08年2月の任期満了を待たずに退任すべしという声もすでに強い。大統領自身、任期を残して退任してもよいと語った時期もある。
だが、盧政権の下で、韓国政府はその中枢に多くの親北朝鮮の人材を抱え込んだ。韓国政府が「平和」「統一」「民族」などのなんぴとも抵抗し難いスローガンを掲げて、北朝鮮に自ら呑み込まれていくような事態が突然、発生することもあり得る。というより、それこそが盧大統領の狙いだとさえ言われている。日本にとって深刻な危機である。だからこそ、その種の危機を防ぐためにも、日本政府は韓国国内の保守派への力強い支持を実践していかなければならない。