「 小泉構造改革は掛け声だけだ 」
『週刊新潮』 2004年1月1.8日号
日本ルネッサンス 第99回
ここまで露骨な案を出してきたか。政府・与党協議会の12月22日の道路関係4公団民営化に関する結論は、民営化推進委員会の結論の根幹を全否定するものだ。
民営化の目的は、政治が介入することによって、野放図で無責任な道路建設と杜撰な管理が行われ、旧国鉄を遥かに上回る40兆円もの債務を抱えるに至った道路公団方式から脱却することだったはずだ。そのためには、族議員や国交省の関与からはなれて、民営化会社が自らの判断で自律的な経営を進め、それを市場に評価してもらい、その力の範囲内で道路建設をしていく枠組みを作らなければならない。だが示された案は、道路利権の絡まる魑魅魍魎の世界で、さまざまな人々が暗躍し、小泉首相が、少なくとも、当初考えていた真っ当な会社を作る構想を、粉砕するものと言わざるを得ない。
まず民営化されたときの組織形態である。資産と債務を保有する保有・債務返済機構と、機構から道路を借りて管理・料金徴収と道路建設を行う会社に上下分離されるが、機構の解散はなんと45年後と書かれている。
民営化委員会の意見書は、新会社は10年を目処に機構から資産を買いとり、その時点で機構は解散するとした。現在当事者として民営化案を作成する人々は10年後まで民営化が定められたとおりに行われていくか否かを監視することは難しい。国交省や道路族の介入の余地を残した上下分離形態では、10年の監視でも容易ではない。45年ならば、きちんとした民営化はやらないといっているようなものだ。
そして何よりも問題なのは、永久に上下分離した場合は会社が責任を負う資金調達先などが機構以外に存在しないことだ。つまり経営責任を果たす市場がない。これを果たして民営化というのか。断じて言えない。
族議員への満額回答
政府・与党案では「新たな高速道路は会社の自主的な経営判断に基づく申請方式」によって行われるとされている。しかし民営会社でなければ、自主性など全く無意味だ。
現在も一般有料道路は形の上では道路公団が自主的に判断して事業化を決め、国交省に申請して許可を得る。しかし、あの悪名高い赤字有料道路の東京湾アクアラインのケースに典型的にみられるように、会社の自主判断は建前であり、実態はいいなりである。
こんな自主性のない会社にもかかわらず、建設の強制だけは厳重だ。新線の建設は国交相と新会社が協議して決めるとされている。新会社は建設を断ることが出来るが、会社の拒否の理由が正当か否かは、国交相の諮問機関である社会資本整備審議会が判断する。
同審議会が会社の拒絶の理由を、正当と認めないときどうするのかは書かれていない。審議会が会社に建設命令を出さない保証はないのであり、政府・与党案は改悪である。
新しい高速道路建設の借金は自らの責任で会社が返済するとした。政府・与党案は、会社は建設資金を一応、自分で調達するが、建設した道路は借金と共に機構に移し替え、機構を通して借金を返済するとした。事実上、国が全ての建設に関して保証するわけだ。親方日の丸の保証つきでどんな無駄な建設も罷りとおることになる。これも民間会社が道路公団に代わって建設したアクアラインがいい証拠である。
この案は12月18日号の小欄で書いたB案そのものであり、高速道路の料金収入を建設資金に充てるのみでなく、民間の資金をも、採算のとれない高速道路建設に引きずり込むことになる。
民営化委員会の意見書をここまで否定しておきながら、小泉首相は、こう述べている。
「民営化委員会の意向を尊重した内容になっていると思います」
政府・与党の驚くばかりの改悪案を、首相は本当に理解しているのか。
小泉改革は似非改革だ
小泉首相が最も信頼する政治家のひとり、塩川正十郎前財務大臣は、首相は真っ当な民営化を願っているはずだと次のように語った。
「12月8日に総理と40分程話しました。そのときに総理は、昨年(02年)の12月の閣議決定が基本線だ、私はあれを守る、と言っておられた」
昨年12月17日の閣議決定は民営化委員会の意見を「基本的に尊重する」という曖昧な内容だが、当時、塩川氏は閣議で厳しく注文をつけたと言う。
「経営形態は上下一体でなければならない、高速料金は返済に充て新規建設の資金に回してはならない、と私は激しく言い、総理もわかったと言いました。ただ、新規建設について新会社の拒否権を明確にすべきだと言ったら、総理は、閣議の席では、尊重するというのはそういう意味だと言った。
過日(12月8日)総理に会ったときも、上下一体、料金は返済に回し資金を還流させない点を確認して、『拒否権の問題が引き続きあるね』と言ったのです。総理は『う~ん、それも含むけれど、塩川さん、あなた国鉄をやったことがあるんだから、わかるでしょうが、いくら原則をガチガチやってみても、法律が通らなければ何にもならないんだ』と言った」
御意見番、塩爺との会話でみる限り、小泉首相は、上下分離を半永久的に固定し、高速料金を無責任に建設に回す今回の改悪には反対だということになる。真意は何か。改めて首相の言動を振りかえってみる。
2002年4月19日、衆議院内閣委員会で首相は民主党の細野豪志氏の質問に答えて道路公団の民営化にあたっては「上場を目指す」と2度にわたって述べている。
株式上場は、真っ当な会社でなければ難しい。つまり、会社の自前の資産をしっかり持つという意味で、上下一体を前提としているのは明らかだ。
6月24日、第1回民営化推進委員会が開かれた。席上首相は三度(たび)、「上場を目指す」と挨拶した。
02年8月の中間報告で民営化委員会の乱調が注目を浴びるが、同年12月6日には、次善の策とはいえ10年後には上下一体の会社となることをうたった意見書がまとめられた。それを受けての12月17日の閣議で、前述の塩川氏の注文がついたのだ。
昨年12月の閣議で塩爺にわかったと述べ、今年12月8日の2人の40分間の会合でも、上下一体、資金の還流はさせないとの点を首相は確認したというのだ。
だが今回の政府・与党案はこれらの点の全否定である。改革に反対する族議員と国交省の完全勝利だ。この案を認めるなら首相自らが守るといった閣議決定に反する。そのような小泉改革は似非改革である。日本を変革するという小泉構造改革は、明確にその最初の事例で躓いた。