「グルジア危機と台湾の不安 東西で揺れるアジア情勢」
『週刊新潮』’08年9月6日号
日本ルネッサンス 第754回
グルジア領内の南オセチア自治州とアブハジア自治共和国をめぐって、ロシア対グルジア・欧米諸国の関係が急速に悪化している。日本のメディア、テレビメディアはあまり報じないが、まさに新たな冷戦の感が否めない。
プーチン路線の下でメドベージェフ大統領が強気の発言をしたのは8月26日だ。ロシア政府は前述の二つの自治区の独立を承認したうえで、「冷戦を恐れてはいない」と述べたのだ。
他方、グルジアのサーカシビリ大統領は「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」(IHT)紙の取材に応じ、ロシア軍への今回の敗北を認めながらも、二つの自治区をグルジア領として奪還し、グルジア統一のために軍の強化に努める旨、宣言した。
同大統領は米国ワシントンで法律を学んだ。アーミテージ元国務副長官らと親しく、米国での人脈は幅広い。共和党の大統領候補、マケイン陣営の外交ブレーンがサーカシビリ大統領の外交、安全保障政策に助言しているといわれる。大統領自身、こう述べている。
「マケイン氏とは、多いときで一日に二回、電話で連絡を取り合っている。民主党副大統領候補のバイデン氏とも定期的に連絡し合っている」
共和、民主、どちらの政権が誕生しようとも、グルジアの生命線である米国との絆を保つ体制をつくっているのだ。かげりを見せているとしても、超大国に変わりはない米国だけが、グルジアを守ることができると認識しているのだ。
ロシアの強権外交は、アジア情勢にどう影響するのか。北京五輪を終えた中国は、どう変化していくのか。
欧米諸国の北京五輪に関する厳しい報道は、日本の手放しの礼賛報道とは鮮やかな対照をなした。情報の遮断と操作、言論の制限、チベット人やウイグル人をはじめとする異民族への厳しい弾圧など、中国共産党の手法は変わらなかったが、国際社会の空気に触れたからには、中国も民主化するとの楽観論がある。
その種の希望的観測は、中国の脅威を最も身近に感じなければならない台湾においても顕著である。ロシアに対抗するグルジアの決意とは対照的に、台湾で目立つのは、現実の脅威に目をつぶった融和策である。
馬英九総統は、北京五輪に「中華台北」の名で台湾チームを送り出した。台湾外相の欧鴻錬氏は、外国の要人が台湾を訪れたとき「訪台」としていた従来の表現を「訪華」に改めた。いずれも、中国が嫌う「台湾」の名称を避け、中国の一部であることを示す「中華」の表現に統一したのだ。
馬総統はまた、北京との「外交休兵(戦)」を宣言した。現在、台湾を国家として承認する国は23に上るが、「それ以上に増やさなくともよい」とも言明した。中国政府にとって、きわめて好ましい選択を、台湾政府は重ねているわけだ。
もっと気になることがある。台湾海峡における中台の軍事力のバランスである。陳水扁前総統は、米国から戦闘機を含む装備、武器の購入を切望したが、当時の野党である国民党が反対して予算が取れず、購入できなかった。結果、台湾優勢だった軍事力のバランスは、いまや中国優位に傾いた。
米国は危機感を深め、総統に就任した馬氏が米国からの購入に前向きの姿勢に転じ、台湾の軍事力整備は進むかに見えた。だが今、米国が台湾への武器売却に応じない状況が生まれているのである。
ユーラシア大陸はその西半分で一党支配のロシアが力に任せて勢力を広げつつある。東半分で一党支配の中国がまやかしの「平和とスポーツの祭典」に「成功」を収めた。
その勢いの前で台湾政府が迷走を続けている。グルジア・ロシアの対立から生じる冷戦は、同時進行でアジアの激動の呼び水となる危険性が高い。