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2008.07.03 (木)

「短期集中連載・第1回 あえて言う“後期高齢者医療制度”は絶対に必要だ」

『週刊新潮』’08年7月3日号
日本ルネッサンス・拡大版 第319回
【短期集中連載・第1回】「終末期医療」の信じ難い光景

迷走を極める後期高齢者医療制度を巡る議論は、堕ち行く日本の品格と失われ行く日本人の誇りを象徴するかのようだ。

社会保険庁の呆れる行状、当初、道路特定財源を死守しようとした官僚と族議員の国民不在の利己主義、天下り先の組織に膨大な税を注ぎ込むさもしさ。政府は、これら統治者側の不始末を正すことなく、高齢者医療に費用がかかりすぎるとして、ひたすら国民に負担を求めようとした。反省なしの施策が、国民の怒りを招いたのは当然だった。

保守も革新も、普段の意見の相違を越えて、この件では軌を一にした。「毎日新聞」は社説で同制度を「うば捨て」と呼び、森永卓郎氏は「週刊朝日」に「75歳以上の方々に死んでくれと言っているような制度」とコメントした。「塩爺」こと塩川正十郎元財務大臣も、「高齢の親を扶養するという伝統的な家族の絆を壊すばかりか、夫婦の間にも水臭さを持ち込みかねない」と痛烈だ。

東京巣鴨のとげぬき地蔵に集うお年寄りらの不満の声が、新聞、雑誌、テレビに溢れ、同制度には1,000人中、999人が反対だといっても過言ではない。

批判の嵐のなかで自民党は衆院山口補選で、次いで沖縄県議会選挙で惨敗した。

批判を募らせる国民の心には、政府への不信感が渦巻いている。10年間にわたって59兆円を道路整備に充てようとした一方で、医療、福祉などの社会保障費を毎年2,200億円ずつ削りたいとする政府への怒りは、或る意味当然である。

後期高齢者医療制度は小泉政権下で法制化され、施行まで2年近い周知期間があったにもかかわらず、厚生労働省はほとんど広報活動をしてこなかった。同時期、さかんに広報された裁判員制度とは対照的である。だからこそ、国民には、突然降って湧いた制度のように見えた。制度の切り替えに伴って届くべき新しい保険証が届かなかった事例も少なくない。この種の混乱に国民は苛立ち、さらにメディアに煽られ、怒りの感情がさらに膨らんでいった。そして同制度が日本の医療問題の解決にどうつながっていくのかという本質論は殆ど置き去りにされた。

再度、指摘するまでもなく、同制度は小泉内閣が通した。国民は高い支持率を小泉内閣に与え、事実上、同制度を支持したのだが、にもかかわらずその具体的内容と日本の将来に及ぼす影響については全く考えなかった。

消費税導入の教訓

対して福田康夫首相は6月12日夜、記者たちを前に「率直にお詫び」した。「高齢者の方々の気持ちを心ならずも傷つけ、それぞれの方の事情に対する配慮も欠けていた」と言うのだ。

政府はどのような意図で制度を作ったのか、なぜ必要なのか、説明することもなく、屈したのである。

だが、どんなに反発しても、日本の医療制度が崩壊の危機に瀕しているとの懸念は、私たち全員に関わってくることであり、次の世代、また次の世代に深刻な影響を及ぼす難題である。

医師の偏在や不足が指摘されながらも、先進諸国の医療に較べてさえ、低い自己負担で医療を受けられるのが日本である。日本の現状を、この一瞬だけ切り取って考えるのであれば、制度改革など必要はない。

しかし、私たちが享受する医療や福祉は、よきにつけ悪しきにつけ、私たちの前の諸世代が築き上げてきた積み重ねの恩恵を蒙っている。私たちが自分たちの力だけで医療や福祉をここまで築き上げたわけではない。また、私たちは自分たちの力だけで生きているのでもない。私たちの世代で日本という国が終焉を迎えるわけでもない。

私たちは将来の世代に責任を持たなければならないのであり、次の世代にあまりにも大きな借金を残したり、過剰な負担を強いるわけにはいかないのである。

実施の仕方、運用のまずさを含めて「後期高齢者医療制度」を、まるまる是認するつもりはない。しかし、同制度の本質を見れば、それはまさに、次世代以降の日本国民のために必要な改革のとば口になり得るのではないか。私たちは現状維持を望むあまり、変化の前に尻込みをしてはいないか。現在の利益を否定して将来に備えることはいつの時代も難しい。必要な政策が、必ず世論の支持を得るとは限らないのである。

思い出すのは、1988年師走に竹下内閣が消費税法を成立させた時のことだ。

竹下登首相は、世論の激しい批判にさらされ、翌年6月に内閣は総辞職し、さらに翌7月の参院選では自民党が大敗した。

他方、消費税導入に徹底的に反対した社会党(現社民党)は、この参議院選挙で大躍進し、土井たか子元委員長は、与謝野晶子のあの有名な詩を引用し、「山が動いた」と叫んだ。

だが、消費税3%から5%への引き上げを決めたのは、「自社さ」連立で誕生した社会党の村山富市首相率いる内閣だった。また土井氏は、反消費税の旗を掲げて、マドンナ候補者のブームを巻き起こしたにもかかわらず、皮肉にも三権の長の衆議院議長として消費税率アップの法案を可決、成立させた。

そして今や消費税不要論は皆無といってよい。消費税は広く国民の同意を得たのである。

30兆円医療費の内訳

後期高齢者医療制度を巡って、似たような構図は見えないだろうか。

同制度は、すでに赤字国債で賄われている財政を、さらなる赤字と借金の深みに落とさないことを主目的にするものだ。子どもや孫の世代に過剰な借金を残さないように知恵を働かせることや、現在の医療制度の恩恵にあずかる私たちの側に、万一、わがままや甘えがあるとすればそれを少しばかり引っ込めなければならないと考えるのは、常識的ではあっても、「姥捨て」と呼ぶべきものではない。また、「姥捨て」を作らないように本当に困っているお年寄りを救う施策を考えるのが、政治の役割である。戦後日本の再生に力を尽くした先輩世代で、手厚い援助と保護を必要とする人々を、国家として抱きとめていくことに反対する国民はおよそいないはずだ。まさにその点を政治に求めていくのが国民の役割である。必要な改革を否定することではないのだ。

再度強調する。袋叩きの後期高齢者医療制度が突きつけるのは、誰がコストを払うのかという問いだ。医療費総額はいま、一般会計予算82兆円余りのなかで30兆円を超えた。内、65歳以上の高齢者の医療費は約12兆円、36%強を占める。

高齢者が窓口で負担する医療費は原則1割で、残りの9割の支払いには、現役世代の保険料や税金に加えて国債発行で賄った借金も充てられている。

長く厚労省の政策を見詰めてきたハンディネットワーク インターナショナル社代表の春山満氏は、日本の医療制度の構造的問題が認識されたのは、30年も前のことだったと言う。

「昭和50年代半ばに、優秀な若手官僚たちが行ったシミュレーションは、我が国の人口が減少し、平均寿命が刮目するほどに伸び、寝たきりの要介護老人が増えていくことを示していました。放置すれば、遠くない将来、医療費は30兆円に達し、介護や療養も含めた老人医療費が約半分の15兆円に達するという、驚くべき結果が予測されたのです」

当時の医療費総額は13兆円前後だった。以後、医療費は抑制が叫ばれながらも増え続け、1999年には、懸念された30兆円を突破、いまも上昇中だ。

老人医療費の総額は11兆円を超え、シミュレーション結果は概ね正しかったことを示している。

こうした状況下で導入された後期高齢者医療制度は、増え続ける老人医療費の保険料を75歳以上の高齢者に等しく負担させるものだ。

高齢者の窓口負担1割は変わらないが、これまで子どもたちに扶養され、保険料負担がゼロだった低所得の被扶養のお年寄りも保険料を負担することとなった。その結果、200万人にのぼる被扶養者が突然、4月から保険料を年金から天引きされることになった。これに対して冷酷非情との猛反発が起きたのは周知のとおりだ。

なぜ、厚労省はこの種の制度改革に踏み切ったのか。そのことを知るためには、日本の医療費が増加の一途を辿ってきた理由と歴史を探り、さらに日本の医療を、国際比較のなかで見てみることが必要だ。

05年のOECDの統計では、日本人の病院受診回数は、年間13.8回である。一方EU諸国の受診回数はドイツで日本の約半分の7回、フランスが6.6回、英国は5.1回である。通院頻度で日本は、OECD加盟の先進30カ国のうちのトップなのだ。

平均入院日数も、日本は35.7日で断トツに長い。フランスが13.4日、ドイツが10.2日と、日本の3分の1程度である。英国は、7.0日間で、米国は、平均6.5日。

日本の統計には療養型病床も含まれており、単純比較は難しいが、それでも、日本人は頻繁に通院し、入院日数も飛び抜けて長いと言える。こうした点に加え、受け入れ側である日本の病院にも、国際比較で際立つ特異な点がある。

CTスキャナー大国

人口1,000人当たりのベッド数の比較である。日本の14.1床に較べて、ドイツ8.5、フランス7.5、英国3.9。米国はたった3.2床にとどまる。前述のように日本の病院が、長年、高齢者用の福祉施設のように利用されてきた事情もあり、統計だけで一概に比較出来ないのは確かだ。だが、医療と福祉が渾然一体となり、医療費を押し上げてきたのは事実である。

医療機器の整備でも、日本は群を抜く。米国や英国の病院に較べて、CTスキャナーやMRIなどの高額精密機器の人口当たりの設置台数は飛び抜けて多い。OECDの統計では日本は世界最多のCTスキャナーとMRIを保有する。人口100万人当たりのCTスキャナー数は92台、米国の約3倍、英国の約12倍だ。

他国と比べて2倍も3倍も通院し、入院し、高価なCTスキャナーなどで検査を繰り返す゛贅沢な医療〟を享受すれば、医療費が嵩むのも当然だ。では、日本と比べて諸外国の医療はお粗末なのか。そんなことはないと、春山氏は強調する。

「例えば、イギリスでは、風邪などの一般症状では病院を受診することは出来ません。自分の健康を長年、診察・把握している掛かり付け医がいて、まず、そのクリニックで診断を受けます。掛かり付けですから、医師は患者の事情に精通しています。体調を崩せば、症状だけでなく、患者の生活まで全体像を捉えて診断出来ます。もし、治らずに検査が必要だと判断したとき、初めて掛かり付け医が、CTスキャナーなどが設置されている病院を紹介するのです」

掛かり付け医とクリニック、そして病院という連携が医療費抑制に効果のあることは、日本の一部の県でも証明されている。

05年の厚労省の調査は、長野県が、県民の平均寿命で全国トップクラスにあると同時に、県民一人当たりの老人医療費は全国最低だったと明らかにした。

地域や個人にもよるが、一般論として挙げられる主な理由が、掛かり付け医、クリニック、大学病院の各々の特色を生かした連携が取られていることだという。

たとえば風邪をひくと、まず自分で治す努力をし、必要なら近所のクリニックに通う。治らない時に初めて病院に行く。医療費を抑えると同時に、長寿にも一役買っているこの種の習慣を、全国で採り入れてほしいとしているのが後期高齢者医療制度であり、それは極めて妥当な要請である。

必要な治療は誰でも適宜、受けられるようにしなければならないが、国際比較でみても、日本全体で工夫の余地は大きいのだ。

老人医療費の増加原因の一つとされるのが終末期医療での集中的な治療である。一人平均112万円が死亡直前の1カ月に費やされている。新渡戸文化学園・短大学長で、医学博士の中原英臣氏が説明する。

「1950年代には80%の方が自宅で亡くなっていました。しかし、現在では数字が逆転して、80%余りの方が病院で死を迎えます。理由はいろいろですが、死亡から逆算して24時間以内に患者を診断していない医者は、死亡診断書を書けない、つまり不審死とされかねない法律があり、それも病院死を増やしている一因でしょう。結果論ですが、臨終間際の病院で、患者はさまざまな治療を施されます。点滴の管を何本も取り付けられたスパゲッティー状態の患者さんが生まれ、病院はこうした局面でお金を稼ぐのです」

延命治療の値段

亡くなる直前に救急車で運ばれてきたお年寄りに、病院は事実上、何でも出来、それが医療機関の収入源になっていると語るのは、静岡県立大学経営情報学部の小山秀夫学部長である。

「お年寄りも家族も、日本人の多くが、自分はどのように自分の一生を終えたいのか、一分でも長く生きたいのか、或る程度の治療のあとは自然の生命力に任せたいのか。こうしたことを決めていませんから、最終局面でさまざまなことが起きてきます。延命治療をすれば3日はもつ、手を打たなければすぐに亡くなるという状況で、どちらを選ぶのか、医師の判断に委ねられがちです」

そこで病院側は家族に立て続けに問わざるを得ない。
「点滴を打ちますか」
「酸素を入れますか」
「心電図を取りますか」
「血圧が下がっています。昇圧剤を打ちますか」
「人工呼吸器つけますか」
「心臓が止まりました。電気ショックをやりますか」

値段は、カウンターショック(電気ショック)が3万5,000円、24時間の心電図モニターが1日1,500円。人工呼吸器装着のために必要な気管内挿管措置は5,000円、人工呼吸器は1日1万2,000円。強心剤の点滴は1本7,000円、心臓マッサージは2,500円……。

かつて過剰医療が問題になったが、これら延命治療をフルに行えば、費用は驚くほど増えていく。私たちはそうした費用のわずかな一部を支払うのみである。レセプトを請求しない限り、総額さえ知ることもない。

そして、人生の最終段階で、数日間の命を長らえるために、苦しい治療を受けることの是非さえ、冷静に考えずじまいになりがちだ。結果として私たちは間違いなく、次世代にツケを回すのだ。小山氏が続ける。
「国会では、制度の是非もわからない政治家が、゛ネーミングが失礼だ〟とか゛姥捨て山〟だとか言って、大反対しました。しかし、伸びていく老人医療費は結局誰かが負担しなければならない。後期高齢者医療制度への反対も構いませんが、では、全額税金で賄うのか、そのために大幅増税に応じるのか、それとも埋蔵金でも探すのでしょうか」

小山氏の論点もまた明白だ。日本国民全員に必要で十分な医療を供給するのは国家として当然の責任だ。日本を支えてきたお年寄りだからこそ、大切にしていきたい。けれど高額な医療費を、人口減に直面する日本で若い世代の支払いに頼ってよいのかという問いだ。

日本人の生き方として、一体どんな道を選ぶのがよいのか。若い人はお年寄りを大事にし、お年寄りは若い人々の好意を嬉しく受けとめながらも、自力で自分を支えようと最大限の努力をする。周囲に感謝しつつも自己責任を貫く。それが、一所懸命に生きてきた日本人の品格であり、誇りではないのか。政府はそのような国民の心意気に、感謝しつつ、他方、自力で支えきれない人々に、援助の道を用意すべきなのだ。

後期高齢者医療制度が解決策だと言うつもりはない。だが、少なくとも同制度が提起する問題の本質を、私たちはいま、冷静に考えなければならないのである。

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トラックバック: 1件

  1. 若い世代、現役世代はもっと怒れ!

    後期高齢者医療制度が喧しい。
    不肖は後期高齢者(75歳以上)ではないので、制度の詳細について調べた訳ではない。
    自分にとっては10年も後の話しであり、無関心と言ったところが妥当…

    トラックバック by 閑話ノート — 2008年07月03日  14:48

櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「短期集中連載・第1回 あえて言う“後期高齢者医療制度”は絶対に必要だ」

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