「 SARS感染医師の上陸で台湾を責めるより今は助力の手を差し延べよ 」
『 週刊ダイヤモンド 』 2003年5月31日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 495回
4月初めに、日本に住んでいる台湾人医師のグループと会った。皆、SARSの感染拡大を心配しており、同時に、WHOが中国の主張に従って台湾の参加を認めず、情報も十分に伝わらないことを嘆いていた。
5月に入り、台湾の医師が自身のSARS感染に気づかず、日本に観光旅行していたことが発覚した。
この件について、台湾の友人知人から、日本は大丈夫かという気遣いの電話を複数もらった。私は、SARS感染者も死者も増える一方の台湾から見舞いの言葉をもらったことに、かえって恐縮した。彼らのほうこそ、あらゆる助力と見舞いが必要なはずだ。
そして5月17日、台北で行われた病院関係者の記者会見の様子を見た。事情を説明する病院側に対し、椅子から立ち上がり、相手を指さしながら激しく詰め寄る姿を見て、台湾の記者は激しいなと感じていた。
マスクを半分アゴにかけ、彼は大声で詰め寄っていた。質問も直接的で、日本で買春をしなかったかと問うていた。内閣記者会や各省庁の記者クラブでのおとなしく覇気のない質問を多く聞いてきた私は、まさかあのジェスチャーと内容の質問を日本人記者がしたとは思わなかった。記者が「朝日新聞」と「日経新聞」の台北支局長であると分かったのは、台湾でこの記者会見が繰り返し報道され、台湾の人びとが激しく反発し始めたときだ。
この件に関して、日本政府はすでに台湾側に「悪質である」とのきつい表現で抗議を伝えている。台湾側の代表である羅福全(らふくぜん)駐日経済文化代表處は、「遺憾の意を表する」として5月17日に謝罪ずみだ。
17日夜には、台湾本国から簡又新外交部長(外相)が「心からのお詫び」の声明を発表した。一連の台湾側の謝罪のあとに、あの記者会見があったのだ。
日本人記者による激しい台湾批判に対し、台湾側からは「台湾で誰が買春しているか、我々はよく知っている」(5月20日付「産経新聞」)との反論も出ているそうだ。互いに、普段は言わないような言葉を投げつけ合って、感情を悪化させているのが見て取れる。
台湾の友人が語った。
「私たちは本当に迷惑かけてすまないと思っているんです。台湾政府も台北市も、SARSのコントロールに今のところ失敗しています。人命にかかわることなのに、中国はWHOへの台湾参加にあくまでも反対です。台湾当局の不手際と台湾医師の行動は、我々の責任で謝るしかないのですが、日本の記者の方がたも、もう少し冷静に質問してくれたらと思います」
SARSに関しては、最も悪いのは明らかに中国政府である。SARS出現と報じられた初期に、東京大学の医学部教授が、中国政府の発表した感染者の数は、少なくとも10倍と考えなければならないと述べた。俄(にわ)かには信じられないと私が言うと、この教授は言ったのだ。
「それが“中国病”なんですよ。記者の皆さんは、中国の実態をもっと知ったほうがよいですよ。我々専門家で中国政府の発表をそのまま信じる者は、きわめて少数派です」
必ずしも過激ではない人物の言葉は、日本のマスコミが陥りがちな、中国に物を言えない体質を指摘していた。台湾の人びとも、そのことをいやというほど知っている。今回の件での、日本人記者に対する彼らの反発は、台湾に対する激しい批判と同じような激しい批判を、日本人記者が中国に対してすることは絶対にないと知っているからだ。
台湾は、WHOから疎外されている苦しい立場だ。台湾を疎外し、そのうえSARS拡大の原因をつくったのは中国だ。こうした事情を念頭に、日本人記者はもっと冷静な取材をすべきだろう。台湾は世界で最も親日的な国だ。その国を責めるより、今は手を貸すべきときだ。