「 北朝鮮工作船の引揚げをためらう日本政府を一喝する 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年1月26日号
オピニオン縦横無尽 430回
福留信子さんにお会いしたのは2000年4月だった。北朝鮮に拉致された人びとを救う国民大集会の2回目の時だ。娘さんの貴美子さんは、モンゴルに行くといって日本を出たあと、なぜか北朝鮮に入り、よど号犯人の一人、岡本武の妻となった。子どもも二人できていたらしかったのだが、1988年に夫とともに“事故で死亡”との情報がもたらされた。しかし、その後、じつは貴美子さんは生存しているとの新たな情報がもたらされ、信子さんは、必死の想いで、2000年4月の大集会に来てくださったのだ。
80代のお母さんの記憶は驚くほど鮮明だったが、その信子さんが1月12日に亡くなった。娘さんとお孫さんに心を残しての、死んでも死にきれない想いのなかでの別れだった。
一方、昨年8月23日付の韓国の大手新聞「朝鮮日報」は、拉致された日本人が平壌市で集団生活をしているとの記事を掲載した。李ギョガン記者の署名入りで、「北朝鮮は90年末までに8人の日本人を拉致」「大部分が女性で10歳内外の少女のときに拉致され、現在10代後半から20~30代」と伝えた。その後の追跡調査で、この記事の情報源となった人物が8人の日本人のうち、いく人かを写真照合で確認し、そのうちの一人が横田めぐみさんであるとも伝えられた。めぐみさんは確かに北朝鮮で生きている! 少なくともその可能性が高いのだ。
めぐみさんも福留貴美子さんも、どんな想いで毎日を過ごしていることだろう。私たち日本人は、北朝鮮側の隠し続けている秘密について、あまりにも知らない。そしてわが国の政府は、北朝鮮の隠し持っている情報や行動に、目をつぶりなるべく見ないようにしようとしているのだ。情報を知り、実態を知ってしまえば、対処しなければならない。対処すれば摩擦が生じる。だから、さわらぬ神に祟りなしの姿勢に逃げ込む。不法入国した金正男を、取調べも不十分なまま、金正日の息子と正式に特定することなく、超VIP待遇で北京まで送り届けたのが、象徴的だ。
そして今また、同じことをしようというのか。昨年12月の北朝鮮の工作船の船体引揚げに関しての政府の姿勢である。事件発生直後、引揚げはすぐにでも開始されるかのような主張が閣僚のあいだにあった。当然のことであり、引揚げを是とする国民は多いはずだ。ところが、福田康夫官房長官をはじめとする人びとの慎重論で1月16日現在、決定は下されていない。
福田官房長官は技術的なむずかしさを言いつつ、中国の意向を気にしているようだ。だが沈んだ北朝鮮の工作船は中国側とはいえ排他的経済水域にある。排他的経済水域は公海である。相手国の経済的権益を阻害する行動は国際法上は許されないが、引揚げで、日本が中国の経済的権益を阻害することなどありえないのは明らかだ。したがって、中国側の意向を気にして引き揚げないという理屈は理屈にもならない。
中国側が引揚げに反対する理由もないはずだ。なぜなら、国民の安全を守るのはどの国家にとっても基本の義務であり責任であるからだ。日本政府の動きに反対するとしたら、中国側には反対せざるをえない理由があると推測されても仕方がないだろう。
米国では、1月11日、アーミテージ国務副長官が、工作船は北朝鮮の船と断定した。14日には国務省報道官のバウチャー氏が、「船体回収について要請があれば喜んで協力する」と表明した。事実上「引き揚げてはいかがか」と促しているのだ。
米国に言われるまで姿勢を揺らがせる日本政府とはいったい何なのだ。これでも国家か。主権国か。米国に言われたからではなく、自らの意思で引き揚げるだけの愛を国民のために持て。自ら決するだけの正義感を持て。