「 トランプ日米安保批判、前向きに使え 」
『週刊新潮』 2025年3月20日号
日本ルネッサンス 第1139回
トランプ米大統領がまた言った。「日本はアメリカが攻撃されても助けに来ない。日本はアメリカビジネスで大儲けしている。誰がこんな取引を決めたんだ」と。
安倍晋三総理の時代にトランプ氏が展開した日本批判を想い出す。
日本が双務条約と自立を望んでも、それを潰してきたのが米国だ。根底には日本不信があった。キッシンジャー氏がニクソン大統領の名代として秘密裡に北京を訪れた1971年7月、氏は周恩来首相に、在日米軍は中国の脅威に備えているのではなく、日本が再び軍国主義に走るのを阻止するためだと語っている。
2006年に北朝鮮が初めて核実験をしたとき、中川昭一氏が日本も核について議論するのがよいと発言すると、ブッシュ政権の国家安全保障担当大統領補佐官、コンドリーザ・ライス氏が飛んできて、核議論などしてはならないとして封じこめた。
憲法上、自衛隊は存在しないことになっており、そんな憲法を改正しようとすると、米国側は常に否定的に反応してきた。
つまり、普通の民主主義国家として、普通の軍隊を持つこと、同盟国の軍を条約に基づいて助け、共に戦うことを妨げてきたのはアメリカであり、アメリカが作った憲法だ。
だからトランプ氏にはもっと強く、繰り返し言ってもらうのがよい。氏の言葉はわが国に憲法改正を促し、自立を迫る鞭となるからだ。
わが国が憲法改正で自衛隊を国軍とし、軍事力の強化を急がなければならないのは、国際情勢がこの数年で大きく変化したことによる。アメリカ自身が変わり、中国はさらに変わり、ヒタヒタと米国を追い上げているからだ。わが国の命運を直接支配する西太平洋、東シナ海、南シナ海、台湾海峡などで中国の前代未聞の軍拡が続く。日本全土を射程におさめる人民解放軍(PLA)の準中距離弾道ミサイル(MRBM)の保有数は22年時点で500発、23年には1000発、24年時点では1300発と他国を寄せつけない増え方だ。
軍事強国になる決意
世界の戦略家が、人類はいま、信じられない程直接的な脅威に晒されていると指摘し、米中戦争の勃発さえ予測し、戦争回避には従来とは異なる対応が必要だと言い始めた。つまり侵略を受けないための大幅な軍事力増強、価値観を同じくする国々との連携強化である。
22年2月、ロシアがウクライナを侵略し、以来3年間ウクライナを支援した結果、欧米諸国は武器装備の備蓄を減らしてきた。影響はわが国にも及んでいる。防空システムのパトリオットだ。日本製のパトリオットをわが国は米国に輸出し、米軍はウクライナへの支援による米国製パトリオットの備蓄減少分を日本から輸入したもので補充しているのだ。他にもウクライナに供与した対戦車ミサイルのジャベリンや地対空ミサイルのスティンガーなど、米国は生産ラインを増設したが、提供した備蓄の補充には数年かかるという。欧米の軍事産業の生産能力は予想以上に縮小しているのである。
片やロシアも軍事的、経済的に行き詰まっている。兵力の消耗で今や北朝鮮に頼らなければならない。戦争が続けば、ロシアはあと半年で継戦能力を失うという見方さえある。
そうした中、唯一、中国が無傷である。彼らは原油取引で侵略者のロシアを助けるだけでなく、世界一のドローン生産国としてロシアに「民生用」ドローンを輸出、ロシアはそれを戦場で使用してきた。ウクライナとの戦争でロシアの国力が疲弊するのを横目で見ながら中国は武器装備の備蓄を減らすことなく、着実に軍拡を進めてきた。
3月5日に開幕した全国人民代表大会で習近平主席は停滞する自国経済の中でも軍事費7.2%増を決定した。先端半導体や人工知能(AI)の開発を急ぎ、米国に対抗するのが中国の戦略だ。日米は中国をこれまでにない戦略的挑戦と位置づけ、欧州と共に中国に技術や資源を奪われないように経済安全保障政策を共に推進してきた。中国は孤立して現在に至る。
その中国が包囲の壁を打ち破ろうと日本に狙いを定め、対日微笑外交を展開中だ。
トランプ氏の日米安保への不満、中国共産党政権の対日微笑外交。わが国はいま米中両国の働きかけの前で、国家意志を強く持たなければならない。トランプ政権に対しては一日も早く軍事強国になる決意を表明し、実行することだ。憲法改正で自衛隊を国軍とし、軍事力強化のために現在の国防費の目標値、GDP比2%をさらに引き上げることだ。米国に頼るのでなく、逆に支えることのできる日本になることがトランプ氏を満足させる。が、氏の満足以上にそれは当然わが国の国益に大きく資する。
国恥を晴らしたい
必ず台湾を奪い日本も支配下に入れようとする中国の意図を明確に認識すべきだ。トランプ政権で国防次官に指名されたエルブリッジ・コルビー氏が著書『拒否戦略』(イエール大学出版)や『アジア・ファースト』(文春新書)で説いている。日本国民にとって必要なのは中国の脅威の実態とその深刻さを日米で比較してみることだ、と。
日米のどちらがより深刻な危機に直面しているか。明らかに日本だ。中国が米国にとって替わって覇権国になる時、アメリカが直面する新たな国際情勢はかなり苦しいものとなるが、日本にとっては最悪なものになるとコルビー氏は警告する。
中国がなぜ覇権を狙うのか。東アジア沿岸部から東南アジア、さらにインド周辺部で世界のGDPの40%近くが生み出されており、アジアはパワー(勢力)の集積地となっている。そのアジアで中国は地域のGDPの50~60%を占める。彼らが地域覇権を追求するのはある意味必然だとコルビー氏は指摘する。
だが、中国には地域覇権を目指すもうひとつの理由がある。それは国際的に自分たちに相応しい立場を得たいという願望である。歴史で体験した国恥を晴らしたいという積年の想いでもある。中国人の歴史認識がどれ程、偽りに満ちており、わが国に対して厳しいものかは、日本人には直感的に理解できるはずだ。
江沢民政権以来、中国共産党は愛国教育として14億の国民に反日思想を植えつけてきた。反日思想は中国の国内問題から度々、国民の目を逸らせ、共産党政権の求心力回復に利用されてきた。その意味で、まがまがしい価値観を説く中国共産党が日本支配を狙っているというのが中国の覇権奪取の、日本にとって非常に厳しい現実なのだ。
だからこそ、中国に覇権を許して日本がその支配下に取り込まれてはならない。自国はまず自力で守れるように、加えて同盟国及び価値観を共有する国々との連携で守れるように、私たちは一日も早い憲法改正で普通の国にならなければならない。
