「 批判者を排除する老年医学会が担う医療の混乱とムダを憂う 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年12月29日・2002年1月5日 新春合併号
オピニオン縦横無尽 第427回
私にとって今年の収穫のひとつは、40歳になったかならずの優秀な精神科医和田秀樹さんに出遭ったことだ。『日本の病正常な国への処方箋』という共著も出した。氏の問題提起の鋭さは私の問題意識にも火をつけてくれた。
和田さんは高齢者の心にとりわけ関心を抱いており、世界でも飛び抜けて高齢化している日本で、老人医療に精神科医がほとんど組み込まれていないことの不思議さを指摘するのだ。とはいっても和田さんは1999年に東北大学の老年内科に非常勤講師の職を得た。しかしこれは実に例外的で精神科医を雇用した老人内科は、日本広しといえども、東北大くらいだという。老人医療の現場に精神科医がいない点は、日本と欧米諸国の大きな相違だ。
東北大の老年呼吸器内科の佐々木英忠教授の理解があってこそ可能になった非常勤講師だと和田さんは喜び、毎週、旅費を自己負担して東北大に通っていた。経済的には赤字だが、日本の老人医療、ひいては日本の医療全体の将来になにがしか、貢献しているという気負いがあったはずだ。
その和田さんが突然、クビになった。「週刊文春」に書いた「まやかしの医療改革」という連載記事が理由だ。全三回の予定の第一回分が発表された直後、「もう来なくてよろしいです」と言い渡された。記事のどこがいけなかったのか。
内容をざっと説明すると、老人医療費は2000年度が10兆1000億円、2025年には45兆円に上る見込みだが、本来、もっと安くすむはずであること、一患者当りの治療費は老人も若者も大差がなく、問題は入院治療の必要のない老人の社会的入院や、健康な老人への過剰診療との主旨だ。
70代の女性の約七割が骨粗鬆症と診断され、ビタミン剤やカルシウム剤を処方されているが、こうした処方ははたして必要で効果があるのかと和田さんは問い、アルファカルシドールという活性型ビタミンD3製剤は食欲不振を引き起こし、骨粗鬆症の予防には、むしろならないと指摘する。
そのうえで和田氏は、日本老年医学会が臨床現場に口を出し始めたことの問題も指摘するのだ。
同学会は大学病院の老年科の医師によって構成されている。彼らは同学会が指定する医療機関で研修を受けた医師のみに老人医療の専門医の受験資格を与える制度をつくってしまった。認定された医療機関には大学病院などから退官した医師が天下る仕組みである。
秀れた医師が民間病院に移るのが悪いというのではない。が、老人医療の専門医を養成するからには、その医療機関は老人医療で実績のあるところが望ましい。にもかかわらず、現実には必ずしもそうはなっていない。それどころか、長年老人医療で実績を積んでいてもこれらの特に専門性が高いとはいえない医療機関で研修を受けなければ専門医として認めてもらえないのだ。これでは老年医療のピラミッド化を目指していると思われても仕方がない。
とまれ、問題提起をした途端に、和田氏は、東北大を解雇された。解雇した佐々木教授は語った。
「私は老年医学会の理事長です。(和田氏は)その学会をあまり意味のないように書いている」「立場上、このままではいっしょにはやれない」
佐々木教授は「週刊誌はいっさい信用しない」「(和田氏は)暴力的な言葉で」「無責任に」批判したとも述べる。
週刊誌に記事を書く者として、佐々木教授の批判を心して聞きつつも、ごく常識的な問題提起さえ拒否するのでは真の医療改革など覚束ない、老年医療は心ある若い医師の提言を無視して、お年寄りを置き去りにして、混乱とムダな治療をこれからも続けるのかと暗い気持ちに陥らざるをえない。