「 現行憲法擁護派への痛烈な批判である百田氏の著書を読み現実を見る力を 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年5月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1132
百田尚樹氏の『カエルの楽園』(新潮社)が面白い。百田氏は本書に先駆けて発表した「世界は変わった 日本の憲法は?」と題するDVD制作の総指揮を執った。米国の占領下で日本国憲法が作られた過程、そこから生じた問題を40分弱にまとめたものだ。制作に多少関わった私に、昨年夏、百田氏が秘密を打ち明けた。
「いま、面白い本を書いてるんです。最高に面白くなると思いますよ」
作品は、書き手の心の反映だ。本人が「最高!」「面白い!」と感じながら書けば、本当にそうなるだろう。そうして『カエルの楽園』が上梓された。
これは現代日本の実相を物語にしたものだ。米国人作成の憲法に書き込まれている非現実的な国防論、日本に迫る中国の脅威、同盟国の米国の思いなど、現在進行中の国際問題がカエルたちの行動や言葉を通して分かりやすく伝わってくる。
「月刊Hanada」(飛鳥新社)6月号が同書を取り上げ、評論家の石平氏が「読んだ時、人の目を憚らず涙を流した」と告白していた。私はあらためて、柔らかなタッチで描かれたこの寓話の、実は本当に恐ろしい真の恐怖を痛感した。石氏は涙を流した心情をこう説明している。
「『天安門事件』で仲間たちが殺されて祖国を追われ、日本という安息の地にやっと住み着いた私の人生の遍歴が、カエルのソクラテスのそれと重なってきた」
ソクラテスとは体の小さなアマガエルだ。毎日アマガエルを捕らえては食べてしまうダルマガエルの脅威から逃れようと、安全な天地を探しに仲間と旅に出た。しかし、安全な天地など実際にはない。途中で仲間のほぼ全てが殺され、ようやく、アマガエルとほぼ同じ体格のツチガエルの国にたどりついた。
そこは、「信じろ」「争うな」「力を持つな」の「三戒」を自らに課して絶対平和主義の下で暮らす、優しい心を持ったカエルの国だ。ソクラテスが食い殺される危険から逃れてきたとそれまでの経緯を語ると、「じゃあ、食べるのをやめてもらえばいいんじゃないの?」という夢見るような返事が返ってくる。
「やめてくれないから、ぼくたちが出たのです」と言うと、「そんなおかしな話ってあるかしら」と言って、ここツチガエルの国では誰も襲われはしない、なぜなら自分たちは、「平和を愛するカエルだから」と胸を張って答えるカエルたちがそこにいた。
明らかに日本の現行憲法を擁護する人々への、おかしくも悲しく、痛烈な批判である。本書に関する脅迫事件についても、百田氏は書いている。
兵庫県でのサイン会を前に、「会場を爆破する」という脅迫電話があった。書店の店長が「卑劣な犯人に屈するわけにいかない」として、兵庫県警による厳重な警戒の下、サイン会を開き、無事に終了したが、事件を報じたのは「産経新聞」と「毎日新聞」だけだった。1997年に作家の柳美里氏のサイン会が爆破予告で中止になったときと比べて、百田氏はこう問うている。
「(当時)朝日などは(中略)『言論へのテロに対して屈するな』と大キャンペーンを張りました。ところが、私の場合には一行たりとも書かれない。この差は一体、何なのでしょうか」
『カエルの楽園』は実は恐ろしい結末を迎える。百田氏は、『カエルの楽園』は、ベストセラーとなった『永遠の0』『海賊とよばれた男』に次ぐ自身の最高傑作の一つで、自分はこの作品を書くために作家になったと思うとまで評価しながら、同時に、10年後、この書が「荒唐無稽な」書として見向きもされないでほしいと矛盾したことを書いている。それは恐ろしい結末を日本が回避できるようにとの願いに他ならない。そのために、多くの人に本書を読んで現実を見る力を養ってほしい。