「 異常な人事が示す習氏のプーチン化 」
『週刊新潮』 2022年11月10日号
日本ルネッサンス 第1023回
10月22日に閉幕した中国共産党大会、その直後に開かれた中央委員会第1回総会(1中総会)で決定された人事は習近平国家主席が絶対的権力を確立したことを示していた。但し、一見堅固に思える習氏の権力基盤には、一枚皮をめくると権力の崩壊につながりかねない不穏な要素も少なくない。
大会冒頭の政治演説で注目を浴びたのは全分野にわたる習氏の強硬路線だった。とりわけ台湾問題では強気ぶりが突出していた。「祖国の完全統一が中国共産党の確固不動の歴史的任務」だとし、統一のためには「決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と宣言した。党大会の政治宣言で台湾併合のために武力行使もあり得るとしたのは初めてだ。
習氏以外の党政治局常務委員6名と中央軍事委員会委員6名は習氏の側近とイエスマンで固められ、「習独裁体制の完成」を印象づけた。これを産経新聞台北支局長の矢板明夫氏は「異様な人事」と呼び、次のように語った(「言論テレビ」10月28日)。
「岸田文雄首相が岸田内閣全員を岸田派で固めるようなものです。他派閥から強い不満が噴出するのは当然のこと。それを習近平氏は力で押さえつけて断行したのです」
中国共産党の権力闘争の一端が世界の報道カメラに晒された。今年80歳になる前国家主席、胡錦濤氏が習氏に苦言を呈そうとしたのだ。胡氏は周知のように人民大会堂の晴れがましい舞台から連れ出されてしまったが、この突発事故を理解するには大会最終日の日程に沿って見ていく必要があると、矢板氏は語る。
「閉幕日の10月22日、午前9時から非公開で中央委員205人の選挙が行われました。中国は常務委員7人の下に政治局員が25人、その下に中央委員205人がいます。205人の選出は、共産党大会の参加者約2300人が222人の名簿から17人を外す、つまり17人に×印をつける形で行います。それを集計した新中央委員の名簿が赤いファイルに入れられ大会参加者の手元に配られた。この時点で海外メディアも含めて全メディアが人民大会堂に入った。丁度11時です」
習氏の大失態
世界中の報道カメラが待ち構えたところで、突如胡錦濤氏の行動が開始されたというのだ。
「11時13分です。胡氏は自分の手元の赤いファイルを開こうとしてそれを取り上げられました。次に右隣りの習近平氏の赤いファイルに手を伸ばしたら、なんと習氏が指で押さえて渡さないようにしたのです。その後、胡氏は連れ出されたわけですが、一連の動作がくっきりと映像に残って世界に拡散されたのです」
胡氏は習氏に抗議したかったのだと思われる。自分が権力を委譲した10年前から、習氏は中国共産党の基本的な統治哲学に反して個人崇拝を強いた。自分が引き立てた中国共産党青年団(共青団)出身の李克強首相や汪洋全国政治協商会議主席らは新体制の要職から全て外された。何故なのかなど、不満は山積だったろう。
これが22日、共産党大会閉幕日に起きた大事件だった。矢板氏はこの異常事態がさらなる仰天人事を引き起こしたと見る。大会閉幕日の翌日、1中総会で新体制の人事が発表されたが、文字どおり、世界は驚いた。そのひとつは李強氏という、中央政界での勤務経験が全くない人物が序列2位に大抜擢されていたことだ。完全なるイエスマンの電撃出世だった。出世があれば失脚もある。次期国家主席の候補者とさえいわれた胡春華副首相は政治局員からも外れていた。
「政治局は本来25人の政治局員で構成されますが、今回24人でした。あり得ない数字です。決をとるときに同数になり決まらない可能性を考えて、中国の委員会の人数は全て奇数です。常務委員会も中央軍事委員会も7人です。ところが政治局員は24人でした。胡錦濤氏の側近中の側近の胡春華氏を、胡錦濤氏の一件で、怒り狂った習氏が急遽、外したのではないか」
だとすると、政治局という重要な組織の人事は、胡春華氏排斥で埋め合わせの人物の調整もつかないまま、見切り発車したということだ。中国共産党内部の権力闘争が世界に曝露された。習氏の大失態だ。
習氏の怒りは、しかし、胡春華氏排除にとどまらない。中国共産党機関誌「求是」から、胡錦濤氏の論文の全てが一夜にして削除されたのだ。習氏にとって胡氏はその全てを消してしまいたいほど憎むべき存在になったわけだ。新たな粛清の嵐の前兆か。
習氏の人事の異常さは中央軍事委員会に関しても同様だ。習氏は台湾への武力行使に関して「放棄を約束しない」、つまり「あり得る」と語ったが、軍事委員会の顔ぶれから感じとれるのは台湾侵攻に意欲満々の野蛮な空気だ。
判断を間違う危険性
中央軍事委員会は習氏が主席をつとめ、その下に2人の副主席がついている。その1人、張又侠氏は72歳で、中国式人事の法則では引退する年だが、筆頭副主席として残った。「張氏は70年代末、中国がベトナムに攻め入ったとき、下級将校として前線で戦いました。また彼は後年、総装備部のトップになりました。台湾に侵略戦争をかけるとき、実戦の経験があり、装備にも詳しい軍人をトップに置きたいと、習氏は考えているのでしょう」と、矢板氏。
もう一方の軍副主席は何衛東という人物だ。18歳で入隊し、以来台湾の対岸にある福建省で対台湾前線に張りついてきた。台湾併合こそが中国の取るべき唯一の台湾政策だと信ずる勢力の筆頭である。
もう1人、李尚福・装備発展部長にも注目したい。次期国防大臣と目されているこの人物は、トランプ政権下で制裁対象とされた。アメリカには入国できない。制裁を受けている人物を中央軍事委員会の要職につけるのは、習氏の側に米国と台湾問題で交渉する気がないことを示すのではないか。
政権を側近ばかりで固め、反対意見を述べる人物を排除した習氏に、全体を見た正しい情報は入るのだろうか。習氏の聞きたい偏った情報しか入らないとしたら、プーチン氏と同じく、判断を間違う危険性が高まる。冷静な情勢分析が必要ないま、習政権の第三期人事から見えてくるのは、台湾侵攻の意志が以前よりかなり強くなっており、状況の読み違えで侵略戦争に踏み切りかねないということだ。
ロシアをジュニアパートナーとして従え、ユーラシア大陸で力をつけ続ける習近平氏の中国は、台湾のみならず、わが国にとっても最大の脅威だ。私たちは中国に対して、これまでにない強い抑止力を構築し、決して中国に誤解させないことが大事だ。それには米国の考えや戦略を正確に読みとり、日本の軍事力を強化し、国防意識を高めることだ。