「 原発ゼロに立ち向かう台湾の若者たち 」
『週刊新潮』 2019年9月19日号
日本ルネッサンス 第868回
香港も台湾も、若い世代が闘っている。彼らは果敢に中国共産党に立ち向かっている。或いは政治を未来に向けて正しい方向に導こうと国民を動かしている。彼らのその勇気と気概を応援したい。
9月5日、10人余の台湾の人たちが訪ねてきた。20代の若者たちにまじって64歳の李敏(リミン)博士と37歳の廖彦朋(リャオイエンペン)氏も意気軒昂だ。李氏は台湾原子力学会理事長、廖氏は台湾の医学物理学会所属で「核能流言終結者」(核の流言蜚語を打破する会)の一員だ。
「核能流言終結者」は黄士修(ファンシシュウ)という31歳の理論物理学研究者が立ち上げた約30名の若い研究者から成る集団だ。彼らは台湾のエネルギー政策を正しく導くために、李博士の全面的支援を得て、原子力についての危険を煽る虚偽情報を論破する活動を続けている。台湾に広がっていた原子力発電に関する虚偽情報の中でも特に黄氏の危機感を高めたのが、驚くことに菅直人元首相が流布した情報だったという。日本の首相まで間違いを流し、原発危機を煽るなどあってはならないことだろう。
昨年11月24日、台湾では原子力発電に関する国民投票が行われたが、それを主導したのが黄氏らだった。国民投票に込められた目的は、「2025年までに原発ゼロを実現する」という台湾政府のエネルギー計画を反転させて、原発をベース電源として位置づけることだ。
2011年に福島第一原発が水素爆発を起こしたとき、台湾でも反原発運動が盛り上がった。当時建設中だった原発は工事が止まり、試運転中の原発は停止された。そして16年1月、反原発を公約に掲げた蔡英文氏が総統に当選した。蔡氏は稼働中の3基全てを、25年までに停止し、原発ゼロにすると決定した。電力を自由化し、再生可能エネルギーを開発し、25年までに全エネルギーの20%を再生エネルギーで賄うという蔡氏の政策は17年1月に国会で承認された。
台湾の電力は火力が80%、原子力16.5%、残りを水力などに依拠する。そうした中、17年夏に、大規模停電が発生し、全契約世帯の約半分、700万世帯が影響を受けた。
原発ゼロへの反対
真夏のうだる暑さの中で発生したこの大停電がきっかけとなって、台湾の人々は安定的なエネルギー供給源として、原発の重要性を再認識したという。年々乱調を烈しくする気候の背景に地球温暖化がある、という指摘も広がった。電力の80%を化石燃料に頼り、CO2の排出を増やし続けている台湾の現実についてもSNSで広く問題提起された。
日本も台湾も資源小国だ。原発を止めれば、化石燃料を輸入し、燃やし続けるしかない。電力不足時に、ドイツのように他国から供給してもらえる環境もない。李氏が語った。
「日本の経験から学ぶと、台湾にとって原子力発電の放棄はあり得ない。しかし蔡政権は原発放棄を謳っています。そこで私たちは、国の未来、発展の持続性を考えて、政府の政策は間違いであること、国民は原発ゼロを望んでいないこと、化石燃料を燃やしてCO2を排出し続けるのは間違いであることを訴え、国民投票を求めたのです」
核能流言終結者の研究者と共に李博士は若者たちに向けて正しい科学的情報を発信し続けた。情報はSNSで拡散され、原発ゼロ政策は逆に危険だという認識が広がった。
「李先生は原子力の専門家の中の専門家です。私は放射線の専門家です。私たちは専門家として原子力発電所の安全性について議論し、若者たちはそれをよく学び理解を深めました。そうして私たちは力を合わせて、昨年11月の国民投票に臨んだのです」と廖氏は振りかえる。
結果は驚くべきものだった。原発ゼロへの反対が非常に多かったのだ。
「投票率が50%以下なら国民投票は無効です。この基準は十分にクリアできましたし、投票者の約60%、589万人が政府の原発ゼロに反対を表明しました」
投票結果を受けて頼清徳行政院長(首相)=当時=は昨年11月27日、25年までに原発を廃止する政策は強制力を失ったと語った。
他方、原発反対派は、国民投票で問うたのは原発ゼロ政策への賛否であり、原発再稼働を求めるということではないと、屁理屈を展開した。原発ゼロを公約にして総統になった蔡氏は国民投票の結果を尊重するとは一言も言わず、再生エネルギー計画などについて発言するばかりだ。
廖氏は、原発を稼働させ、重要なベース電源として位置づけるには、原発の安全性を確認しなければならないと強調する。福島の復興情報はすでに知ってはいたが、自分たちの目で確かめる必要があると考えて、若者たちと共に福島を訪れた。
エネルギーで独立する
彼らが口々に語った。
「廃棄物を運んでいるトラックの運転手に、なぜここで働いているのかと尋ねたら、『日本の為に役に立ちたい。福島をきれいにしたい』と答えました。本当に感動しました」
「店の食品の放射能レベルを次々に測りました。どれも皆安全で、買ってその場で食べました。福島の海底にいた平目も放射能を測りましたが、全く問題がない。刺身にして皆で食べました。美味しかった」
「福島のあちらこちらで空気中の放射能も測定しましたが、東京より低かった。全然、安心です」
彼らはこうした体験を映像に撮ってユーチューブで拡散するという。廖氏も福島を訪ねて自信を深めたと語る。
「東京電力も日本政府も極めて真面目に復興の努力をしています。その態度と復興の進展を見て、原子力発電をコントロールする力が人間にはあると、私は自信を持ちました」
台湾の若い世代にとって原発の活用は、台湾独立の可能性と重なると彼らは言う。エネルギーの独立は経済の自立に欠かせない、台湾にとって死活的問題だ。いま、若い世代が問うている。台湾は政治で消滅するのか、電力政策の失政でなくなるのか、と。
再度強調するが、エネルギーの安定供給なしには経済は廃れる。安定した経済成長なしには一国の自主独立は望めない。蔡氏は独立志向の人だが、原発は否定する。結果、中国経済につけ込まれる可能性は否定できない。だから廖氏らは、「原発再稼働」を掲げて再び国民投票に持ち込みたいと語る。
こんなに一所懸命に台湾の自立を目指し、中国支配の排除を念じ、自主独立を日々肝に銘じて発言する台湾の若者たちのなんと凜々しいことか。翻って日本の若者たちはどうだろうか。私はつい、問うてしまう。日本の若者よ、覚醒せよ、頑張れ。まぎれもなく、いまが正真正銘、頑張りどきなのだ。