「 香港の強権支配を徹底しつつある中国 日本こそ脅威を認識しなければならない 」
『週刊ダイヤモンド』 2019年6月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1284
6月9日、香港の街々を100万人を超える人々が埋めつくした。1997年に香港が中国に返還されて以来、最大規模のデモだった。香港住民の約7分の1が参加したデモの必死の訴えは、しかし、中国の習近平国家主席にも中国共産党にも届かないだろう。
香港の人々が求めているのは「逃亡犯条例」改正案の撤回である。同改正案は刑事事件の容疑者の身柄引き渡し手続きを簡略化し、中国やマカオ、台湾にも引き渡せるようにするものだ。
現在、香港は同じような身柄引き渡し条約を米英などと結んでいるが、中国とは嫌だと拒否するのは、中国が欧米諸国とは異なり、同条例を取り締まりと弾圧に利用することを肌で感じているからである。
香港政府は、同条例は「政治犯には適用できない」「政府に対する異議の封殺や言論の自由を制限する目的には使えない」内容だと強調する。
だが、香港政府の言葉を、自由を求める香港の人々はもはや信じない。そもそも、香港返還時に中国政府は一国二制度の下で香港の自治は50年間許されると公約した。それが20年も経たずに実態として反古にされているからである。
ここで留意すべき点は、容疑者の身柄引き渡し先に中国本土とマカオに加えて台湾が含まれている点だ。中国共産党政府は、台湾を中国の一部と位置づけている。であれば、台湾への容疑者引き渡しは、中国への引き渡しと同じになるわけだ。現在はそうではなくとも、間もなくそうなると中国政府は踏んでいるのである。
それが来年1月11日の台湾総統選挙で、現在、中国と一体化している国民党が優勢だ。国民党有力候補者は、高雄市長の韓国瑜氏と鴻海精密工業の経営者、郭台銘(テリー・ゴウ)氏である。両氏共に中国と密接な関係にある。
他方、台湾人の政党、民進党では蔡英文現総統が再選を目指し、頼清徳氏と競っているが、両氏のいずれも国民党に勝利するのは非常に難しい。
第3の候補が台北市長の柯文哲氏だ。柯氏は国民党に対して多少不利ながらほぼ互角に渡り合える支持を持つ。だが確実に勝つには民進党が独自候補を取り下げ、柯氏を支えるしかない。
果たしてそこまで台湾人がまとまり得るのかに私は注目しているが、中国がメディア及び企業の支配を通じて台湾社会の分裂を画策してきただけに、台湾人の結束は中々難しいとも思う。台湾人が中国の脅威を共有できず、まとまりきれない場合、国民党が政権を奪い返し、台湾は政権交代にとどまらず、「祖国交代」の悲劇に見舞われることになるだろう。
国民党が勝利すれば、香港からの容疑者の台湾への引き渡しは間違いなく中国本土への引き渡しとなる。
中国による台湾奪取の動きは尖閣諸島周辺の動きと連動している。尖閣諸島の接続水域に中国の「軍艦」が2カ月以上連続で入っている。5000トン級が2隻、3000トン級が2隻の計4隻で、少なくとも1隻は武装艦だ。領海侵犯を繰り返す4隻は海警局に属するが、同局は昨年7月に中央軍事委員会傘下の人民武装警察部隊に編入されたため、所属も実態も軍である。
台湾奪取には、中国は断固米国の介入を阻止しなければならない。その軍事的備えの一環として尖閣諸島の支配が欠かせないために、前述のように彼らは2カ月以上1日も欠かさず24時間、尖閣の海に張りついている。
折しも中国の空母「遼寧」が11日、高速戦闘支援艦、ミサイル駆逐艦など五隻を従えて沖縄本島と宮古島間を通過した。台湾同様、尖閣諸島も沖縄も危機なのだ。有無を言わさず香港の強権支配を徹底しつつある中国が台湾、尖閣諸島に同様の手法を使わない保証はない。日本こそこの中国の脅威を認識しなければならないだろう。