「 科研費の闇、税金は誰に流れたか 」
『週刊新潮』 2018年5月3・10日合併号
日本ルネッサンス 第801回
山口二郎氏と言えば2015年の平和安全法制に反対する集会の中で「安倍に言いたい! お前は人間じゃない! 叩き斬ってやる」と演説したと報じられた人物だ。4月20日の「言論テレビ」で衆議院議員の杉田水脈氏が、その山口氏に以下のように巨額の科学研究費補助金(科研費)が支給されていたことを報告した。
02年から06年までの5年間に亘る研究、「グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研究」には4億4577万円、07年から11年の「市民社会民主主義の理念と政策に関する総合的考察」には9854万円、12年から17年の「政権交代の比較研究と民主政治の可能性に関する考察」には4498万円となっている。山口氏は16年連続で科研費を獲得し、その合計は6億円近くに上ったわけだ。
東京工業大学特任教授の奈良林直氏が驚いて語った。
「科研費は昭和7(1932)年の天皇陛下の御下賜金をきっかけとする日本学術振興会と文科省が80年近く、資金配分してきました。2017年度の科研費の予算額は2677億円、日本中の大学の研究者が応募します」
日本学術振興会のサイトには、予算の99.8%が国からの運営費交付金及び補助金等で賄われているとの説明がある。天皇陛下の御下賜金から始まった学術研究振興の貴い資金は、私たちの税金によって大きく支えられてきた。
奈良林氏は3つの研究について科研費を受け取った。うち1件はフィルタベントに使うAgXの研究で、その時の競争倍率は20倍だった。「この研究には大きな装置が必要でしたが、3年間で2000万円でしたからそこにお金をかける余裕はありませんでした。そこで学生たちに手伝ってもらって装置を手作りしました。研究には40人の学者、専門家に参加してもらいましたが、彼らは全員、交通費も含めて手弁当で協力してくれました」と奈良林氏。
人文科学系で数億円
研究の成果は世界初のフィルタベントシステムの開発につながった。それはセシウムなどの放射性物質だけでなく有機ヨウ素を取り除く優れもので、広く世界に認められた。このフィルタベントシステムを設置すれば、万が一原子力発電所で爆発事故があっても、セシウムも有機ヨウ素も除去できるため、甲状腺癌などの心配が減少するというのだ。
2000万円の科研費でこのような成果を導き出した奈良林氏は、山口氏が受け取っていた6億円規模の科研費についてこう語る。
「理系の研究では、私のフィルタベントの研究のように実験装置の製作や最先端の測定器などを必要としますので、費用がかかります。しかし、人文科学系で数億円規模の研究費がなぜ必要なのか、そのような大金が支給されていたことに驚いています。科研費は学者・研究者にとって非常に大切なものです。それだけに、数億円の科研費はどのような審査を経て与えられたのか、その成果物は何だったのかなど、厳しく評価することが大事だと思います」
科研費は多くの研究に支給されているが、中には疑問を抱かざるを得ない研究もある。杉田氏が指摘する。
「たとえば沖縄の基地反対運動や琉球独立を主張する研究者グループへの支給です。龍谷大学教授の松島泰勝氏の『沖縄県の振興開発と内発的発展に関する総合研究』に442万円の科研費が出されています。研究の期間は11年から15年となっていて、研究成果として多くの雑誌論文が並んでいます」
成果とされた雑誌への論文寄稿では、「琉球の独立と平和」、「なぜ、琉球独立なのか・琉球と日本との新たな関係性を考える」、「尖閣諸島は『日本固有の領土』なのか」などが目につく。図書(書籍)としては『琉球独立論・琉球民族のマニフェスト』や『琉球独立への道・植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』などがある。
『琉球独立論』は、中央政府対地方自治体という構図の中での沖縄論は既に意味を持たないものであり、現在の課題は、琉球が日本に同化するための差別撤廃というテーマから、琉球が独立するために構築すべき日本との関係性というテーマに移っているといった内容だと紹介されている。
沖縄と日本、或いは沖縄県人と日本人を完全な別の国家、民族と見做した論理展開である。この主張に基づいて雑誌に寄稿し、書籍を出版する松島氏は13年に「琉球民族独立総合研究学会」を、沖縄国際大学教授の友知政樹氏、同大学准教授の桃原一彦氏と共に設立している。彼らの目指すところは「琉球の日本からの独立」である。
厳しく公正な審査を
杉田氏が指摘した。
「松島氏は『沖縄県の振興開発と内発的発展に関する総合研究』の名目で研究費を申請しています。よくわからないタイトルですが、地域発展についての研究かと思わせる。けれどその成果物を見るとそうではない。尖閣諸島は本当に日本固有の領土なのかと問う論文を書いたり、沖縄独立を主張しています。それに松島氏らは15年9月にニューヨークの国連本部で記者会見し琉球独立を宣言しています」
記者会見の写真を見ると、松島氏は自著を、他の3人は「琉球新報」を掲げて会見に臨んでいる。4人の背景に「琉球民族獨立總合研究學會」の看板がかかっている。
「漢字を見ればこれは中国向けの記者会見ではないでしょうか。この会見に先立つ国連内のあるシンポジウムで、琉球新報編集局長が『沖縄はアメリカの領土でも日本の領土でもない』と発言しています」
と、杉田氏は指摘する。
研究にはさまざまなものがあってよいとは思う。しかし、科研費は税金である。公正なルールに基づいて支給されなければならないのは当然だ。ここに示した事例はどう考えても国民の納得を得られるものではないだろう。
奈良林氏も指摘したように、大学関係者にとって科研費は非常に重要な意味を持つ。それだけに厳しい審査も受ける。たとえば山中伸弥氏が所長を務める京都大学iPS細胞研究所で起きた論文不正問題である。不正を行った若手研究者に科研費80万円が支給されていたため、この科研費を返還すべきか、また、山中氏は辞任すべきかという問題にまで発展した。
内外で高く評価され尊敬を集めている山中氏の辞任は誰も望んでおらず、氏は辞任を思いとどまった。だが、80万円という少額であっても科研費の在り方は厳しく精査された。それに較べて、山口氏や松島氏らへの科研費はどこまで厳しく公正な審査を受けているのだろうか。実はこの他にも疑問を抱かせる科研費支給の事例は少なくない。科研費は私たちの予想以上に深い闇に沈んでいるのではないか。