「 世界は大激変、もう森友ではない 」
『週刊新潮』 2018年4月19日
日本ルネッサンス 第799号
日本のメディアはまだ「森友」問題や財務省文書書き換え問題などに熱中しているが、その間に世界情勢が不気味な展開を見せている。米国の孤立主義、或いは後退に乗じて、世界各地域にこれまでとは異なる排他的な勢力が誕生しつつある。
トランプ政権発足から1年3か月、余りにも多くの劇的な展開があったが、その足跡は米国への信頼に不安を抱かせるものだった。直近の具体例としてシリアを見てみよう。
4月7日、首都ダマスカス近郊の東グータ地区、ドゥーマという町が、化学兵器で攻撃され、犠牲者は40人とも70人とも報じられた。被害者の症状から、塩素ガス弾の攻撃を受けたとみられる。攻撃したのはアサド政権でしかあり得ないだろう。
去年のちょうどいま頃、トランプ大統領は、化学兵器(サリン)を使って国民を攻撃したアサド大統領への警告として、巡航ミサイル、トマホークを59発も撃ち込んだ。今回はどうするのか。
アサド政権が塩素ガス弾による攻撃に踏み切る前の4月3日、トランプ大統領は記者会見でシリアからできるだけ早く米軍を撤収させたいと語った。現在シリアには、特殊部隊も含めて約2000人の米軍人が駐留している。クルド人勢力を支持し、彼らに軍事訓練を施しているのである。他方、ロシアとイランはアサド大統領を支え、トルコは反アサド勢力の側に立つ。
勢力関係は複雑だが、トランプ大統領はすでにISなどのテロリスト勢力は片づけたとの認識で、一日も早く、米軍を撤収させ、米国の軍人を各々の家庭に戻したいという。
しかし、いま、米国がクルド人部隊を事実上見捨てれば、アサド軍に容易に制圧されてしまうと懸念する声は共和党内にも政権内にも少なくない。ジェームズ・マティス国防長官もその1人だ。だが、最終決定権者はトランプ大統領である。そこでトランプ氏の唱えるアメリカ第一主義をよく見てみよう。
いますぐアメリカに帰ろう
「アメリカ第一主義」の元祖、パット・ブキャナン氏は究極の孤立主義である。
「アメリカはグローバリズム信奉者のイデオロギーとそれらの組織を超えるところに視点を合わせ、自分たちの国と自分たちの国民を第一に考える作業をもう一度始めなければならない」と、著書、『超大国の自殺』で繰り返している。
氏はこうも強調する。「外の問題から手を引こう、いますぐにアメリカに帰ろう」と。トランプ氏はそれを実行しようとしているのではないか。
米国が撤退すればシリアの状況が大きく変化する。中東全体の勢力図にも構造的な変化が生じるのは避けられない。だが、トランプ氏はその中東を次のような視点で語るのだ。
「米国はこれまでの17年間で中東に7兆ドル(約750兆円)も費したが、見返りに何も得ていない」
トランプ氏もブキャナン氏も、グローバルな地球社会のために、米国が大義の旗を掲げて民主主義を根づかせ、自由の価値観を広げ正義を貫く力となろうとは考えていないのだ。自国第一で考えるために、金額の話も出てくる。アメリカ第一主義の下での現実利益の重要性を、よく知っておかなければならない。
他方、共和党の有力上院議員、ジョン・マケイン氏はシリア問題についてこう語っている。
「米国は前回同様にシリアに攻撃をかけ、アサドに戦争犯罪の償いをさせるべきだ」
アサド大統領が無謀な化学兵器による攻撃に走ったことには、トランプ大統領の責任があると言う。シリアからの撤退を公言し、孤立主義へと回帰するトランプ氏の発信が、シリアやロシアにアメリカは「行動しない」と確信させ、彼らを「勇気づけた」との批判である。
マケイン氏はアメリカを自由と民主主義の擁護者、大国としてとらえているが、トランプ氏はアメリカはシリアからは撤退し、その後は「他国に任せればよい」とあっさり語る。ここで言う「他国」とはロシアやイランを指すのであろう。アメリカ抜きの中東では、ロシアの影響力が強大化される。ロシアの影響下に組み込まれる諸国の命運にアメリカは無関心ではないが、アメリカの利益を犠牲にしてまで守ることはないというのが、「他国に任せればよい」の意味ではないか。
ちなみにブキャナン氏はロシアについて、「コーカサスと極東で中国に領土を奪われてしまうのはほぼ確実だ。しかし、このような問題はアメリカにとって全く無関係な問題だ」と切り捨てている。
右翼政権についての警告
アメリカが自国第一主義で孤立主義を深めれば世界の様相は激変する。朝鮮半島情勢の見通しはつきにくいが、北朝鮮の核とミサイルが撤去されて米国への脅威が除去される場合、トランプ氏はその後の朝鮮半島を、シリア関連で語ったように、「他国」、即ち中国に任せればよいと考える可能性も視野に入れておくべきだ。
無論、朝鮮半島に米軍を駐留させておくことのメリットは非常に大きいため、米軍撤退が容易に起きるとは考えられないが、それでも世界が激変するいま、すべての可能性を考えておくのがよい。
その意味で参考になるのが「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙の4月7~8日の紙面に掲載されたマデレーン・オルブライト氏の記事だ。「我々はファシズムを阻止できるか、それともすでに遅すぎるのか」と題して、世界各地で誕生している右翼政権についての警告を発している。
彼女はクリントン政権の国務長官を務め、北朝鮮とは核問題も話し合いで解決できると考えた。クリントン政権が末期に近づいたとき、初の米朝首脳会談という成果を得ようと平壌を訪れ、大失敗した人物だ。
民主党、リベラル思想の彼女は、第二次世界大戦以降、世界がファシズムに向かって走る最大の危機に直面しているのがいまだとして、ざっと以下のように警告する。
ハンガリーの総選挙でオルバン首相とその政党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は、反移民政策を掲げ、国連も欧州連合(EU)も徹底的に非難することで大勝した。
ポーランドやチェコなど、ソ連崩壊を受けてEUに加盟した東欧諸国が、いまや移民受け入れ政策に反発してEU離れを強めつつある。
フィリピンもトルコも、中国もロシアも、アフリカ諸国もベネズエラも専制独裁政治に傾いている。ドイツでも右翼政党が台頭しているとして、彼女は民主主義やグローバリズムの未来を憂い、新しい世界秩序はどのようなものかと問うている。その問いは、まさに私たち日本人にもつきつけられていると思うのだ。