「 精神的武装解除で北に呑まれる韓国 」
『週刊新潮』 2018年2月22日号
日本ルネッサンス 第791回
文在寅韓国大統領は待ち望んでいたマドンナを迎えたかのように、その全身から喜びを湧き立たせ、嬉しさを隠しきれない様子だった。
2月9日に金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正氏が訪韓すると、文氏は11日まで3日連続で彼女を国賓級にもてなした。与正氏は10日には文氏に正恩氏の親書を渡し、ピョンヤンに招いた。そのとき与正氏が文氏に「確固たる意志を持って決断する」よう求めたとピョンヤンのメディアは報じ、文氏は「条件を整えましょう」と答えたとソウルのメディアは報じた。
11日、与正氏と北朝鮮の「三池淵(サムジヨン)管弦楽団」のソウル公演を観覧した席で、文氏は「心を合わせ、難関を突破しよう」と呼びかけた。
韓国訪問の初日、与正氏はアゴを上げて相手を見下すような硬く冷たい表情だった。ところが3日目には柔らかく親しみ深い笑みがふえ、文氏もすっかり相手に馴染んだかのような様子に変わった。文氏が完全に北朝鮮のペースに嵌っている。韓国を引き入れ、米韓同盟に亀裂を走らせ、日本とも引き離そうという北朝鮮の思惑を警戒するどころか、むしろ喜んで乗っているのだ。
国際社会の経済制裁が効き始めた結果、資金もエネルギーも食料も大いに不足し追い詰められた北朝鮮に復活の機を与えるのが文政権の意図だ。与正氏は10日の昼食会の席で「早い時期にピョンヤンでお会いできたらいいですね」と語ったが、その言葉どおり、文氏の北朝鮮訪問は驚く程早期に実現するかも知れない。
なんといっても文氏は名立たる親北勢力だ。インターネット配信の「言論テレビ」で、「産経新聞」編集委員、久保田るり子氏が語った。
「文氏は歴代政権中、正統性があるのは3つだと言っています。金大中、盧武鉉、そして自分自身の政権です。金大中も盧武鉉も北朝鮮べったりで、南北首脳会談を行い、金や物資を北朝鮮に渡しました」
北朝鮮に貢いだ政権
韓国の経済的繁栄の基盤を築いた朴正煕大統領やその後の全斗煥大統領など、北朝鮮と対峙した政権は全否定し、北朝鮮に貢いだ政権を評価するわけだ。朝鮮問題が専門の西岡力氏も「言論テレビ」で語った。
「金大中らは南北朝鮮の連邦政府を実現しようとしました。韓国全体を北朝鮮に捧げるという意味です。いま連邦政府を実現しようとすれば、韓国は直ちに真っ二つに割れる。文氏はそこに踏み込む前に敵である保守勢力を潰滅させようとするでしょう。たとえば韓国ではすでに李明博元大統領逮捕の日程が具体的に取り沙汰されています」
金大中氏も盧武鉉氏も大統領選挙では政敵と戦った。文氏は政敵である朴槿恵氏を逮捕し、財界の重鎮、閣僚ら35人を逮捕した。選挙戦で敵となり得る有力者のほぼ全員を選挙前に逮捕したのだ。敵を排除して選挙戦に臨んだのは、文氏が初めてだ。
用心深くしたたかな文氏は、金大中氏の命日である8月18日に演説した。「なぜ、金大中氏の目指した南北朝鮮の連邦政府は実現していないのか。私は絶対に実現させて御意志に応えます」と。
「そのために、国内の保守派、韓国の主流派勢力を全て取り替えると、文氏は誓っています。先述の3政権だけに正統性があり、他は全て親日親米で反民主勢力だと論難しています。韓国の主流派勢力を排除して、北朝鮮と共に連邦政府を創るのが狙いです」と西岡氏。
このような考え方だから、北朝鮮の提案にいとも簡単に乗るのだ。その北朝鮮の提案がどれだけ性急になされたかを見れば、彼らがいかに追い詰められているかも自ずと明らかになる。金正恩氏が今年元日の演説で平昌五輪に参加してもよいと述べたこと自体が、正恩氏の焦りを象徴している。
北朝鮮は昨年11月29日に火星15の発射が成功したと発表したが、12月22日、国連の制裁決議が採択されてしまった。正恩氏はこの時点で、翌年つまり今年の作戦を平昌五輪参加という対韓平和攻勢に急遽、切り替えたと見られる。五輪参加で時間も稼げる、制裁も逃れられる。あわよくば韓国から金品も取れる。
対韓平和攻勢は決まったが、アメリカにはいつでも本土攻撃ができると威力を示さなければならない。それが2月8日の軍事パレードだった。
元々朝鮮人民軍の創設は1948年2月8日とされてきた。日本の敗戦後、ソ連軍が北朝鮮に入り、金日成を人民委員会のトップに据えて、人民軍を作ったのだ。
その後70年代に金正日が歴史を捏造した。父親らパルチザン世代こそが英雄で、朝鮮人民軍が日本と戦って勝ったのだと言い始めた。そのために軍の創設は32(昭和7)年4月25日に変更された。以来ずっとこの日が軍創設の日とされてきた。
制裁が効いている
だが、平昌五輪の前に軍事パレードを行い、アメリカに武力を誇示しなければならない。そこで以前に使われていた「2月8日」を突然持ち出し、革命軍は4月25日に作ったが、正規軍は2月8日だったと言い始めた。
無茶苦茶な話だ。第一これでは48年9月9日の建国の前に軍ができたことになる。しかし、文氏は北朝鮮のハチャメチャ振りを一向に気にしない。ひたすら擦り寄るのだ。
強行した軍事パレードで注目すべきは火星15を載せた移動式発射台だと、西岡氏が解説した。
「発射台のタイヤは9本、2列で18本です。以前は片側が8本で中国製でした。ところが片側9本のものが登場した。しかも北朝鮮が国内生産した。多軸の移動式発射台はタイヤが多い分、曲がる時、微妙に角度を変えなければならず技術的に難しいのです。それを作った。加えて4台も出てきた。アメリカの東海岸に到達するミサイルを、少なくとも4発、別々の場所から撃てることを見せたのです」
本気でやるつもりなのか。但し、専門家らは本気にしては車輌の数が少ないという。恐らく燃料不足ゆえだろうと見る。制裁が効いているのだ。
だから出来るだけ早く韓国からむしり取らなければならない。こうした思惑で急遽、戦略を変えたのであろう。変更は12月22日に国連の制裁決議が採択された頃であろう。そこから前述の朝鮮人民軍の創設が2月8日に変更される事態が起きたと見て、ほぼ間違いない。ちなみに戦略変更前に印刷が終わっていた今年の北朝鮮のカレンダーの建軍節は4月25日になっているそうだ。
これからの米中の動きは読みにくいが、精神的に武装解除された文氏は北朝鮮に手繰り寄せられていくだろう。韓国は丸々向こう側に吸収されかねない。日本は防衛費を倍増する勢いで軍備を整え、国防を確かなものにしなければならない。