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2006.09.14 (木)

[特別レポート]「 『小泉政権5年』を採点する[内政編] 」

『週刊新潮』 '06年9月14日号
日本ルネッサンス 拡大版 第230回

約5年間にわたる小泉政権の内政は、深い落胆なしには語り得ない。小泉純一郎首相は、攻撃の場面において最も冴えわたる。首相にとって政治は政局に他ならない。全ての事柄は、政敵を斃し、勝つための材料として値踏みされる。その事柄の国家にとっての意義とは無縁の次元で、小泉政治は展開されてきた。

首相を超現実主義のマキャベリストと見る向きもある。だが、それは買い被りだ。

評論家の遠藤浩一氏は、首相の政治はマキャベリズムとは似ても似つかぬと指弾する。

「マキャベリズムは悪の政治学と呼ばれるイデオロギーです。徹頭徹尾合理化したその政治論は、マキャベリが“我が魂よりも我が祖国を愛す”と喝破したように、国家、国益のために超合理化された政治技術を駆使することでした。小泉首相は“我が祖国”よりも政略ゲームを愛した。そのゲームに靖国参拝から経世会との闘い、北朝鮮外交まで全てを収斂させてきたのです」

政治を政局に矮小化した結果、首相は果敢にタブーに挑戦する形をとりながらも、問題の活路を開くどころか深刻な負の遺産を日本国に残した。改革の旗手として熱烈な支持を享受しながら、実は国民を手ひどく裏切ってきた。功罪の生々しく交錯する小泉政権の内政を順を追って見てみる。

まず派閥の解消である。このこと自体は前向きに評価すべきことだ。

政治評論家の屋山太郎氏は、派閥の解消によって日本の政治の透明性はかつてないほど高まったと述べる。

「何十年も政治の世界を見てきて、これほどカネの臭いがなかった総理は見たことがありません。以前は中選挙区制で1人1億5,000万円はかかっていた選挙費用が現在は1,500万円で済みます。かつて公認権と資金、閣僚推薦権は派閥の領袖が持っていた。小選挙区制の下では、党が公認権を持ち、資金は政党助成法によって一人あたり約4,500万円が支給されます。領袖たちの閣僚推薦権も小泉首相は反古にした。脱派閥で汚いカネを一掃した。これは大変な功績です」

派閥解消は経世会を事実上の壊滅状態に追い込んだ。岸信介と池田勇人、佐藤政権から角福戦争へと、連綿と続いた党内の対立構造にひとつの結論を出し、首相は経世会重鎮の野中広務氏をも政界から引退させた。

「つまり、自民党に寄生してきた左翼勢力の跋扈にピリオドを打ったのです」
と遠藤氏は解説する。

だが、首相が冴えわたるのはこのあたりまでだ。金権政治と党内左派勢力の中心でもあった経世会を壊滅させながら、首相はそのことを自民党が自民党らしさを取り戻す理念の確立につなげることも、自民党が真正保守の政党として蘇る道筋の土台につなげることもしなかった。政治を政局でとらえる首相の限界である。それに拍車をかけたのが公明党との連立である。

昨年の9・11選挙での圧勝ゆえに、小泉首相は選挙に強いとの印象があるかもしれない。実際はそうではない。小泉政権下で行われた国政選挙は01年の参院選挙、03年の衆院選挙、04年の参院選挙、そして05年の衆院選挙である。最初の選挙には勝ったが、03年と04年では惨敗した。

〝自民党をぶっ壊す〟と絶叫した小泉首相を支持した保守系無党派層は、必ずしも自民党には投票しなかったのだ。理由は、小泉政権の出発点に立てば明らかだ。首相は「必ず8月15日に靖国神社に参拝する」と、公約。そのこともあって圧倒的な支持を集めた。にもかかわらず、中国等の反発に直面して参拝を2日前倒しにし、以来靖国参拝という国家的問題で揺れ続けた。その信念の揺らぎが、保守系有権者の自民党離れを誘い、自民党を敗北に追い込んだのだ。

モルヒネに冒された自民党

参議院での自民党の過半数割れは解消されず、小泉人気の高さに反して選挙でも勝てない。理念なき首相は公明党との選挙協力に逃げ場を求め、昨年9月の選挙では、自民党の誰も、もはや自公合体の選挙戦を疑問視する者はなかったといってよい恐るべき次元に至った。

遠藤氏は語る。

「政治評論家の多くは、創価学会=公明党は、自民党の生命維持装置だと言いますが、大きな間違いです。自民党にとって公明党は痛みを和らげるモルヒネです。続ければ中毒に陥り、やがて自立歩行が出来なくなります。保守票に公明票が加算されれば、反対に逃げていく保守票もある。03年と04年の選挙では、そうした票が民主党に流れ、自民衰退が加速したのです」

衰退した自民党はいよいよ公明党との連立解消が不可能となった。自公両党の票の分析は、自民党が自力で闘える可能性を明示しているにもかかわらず、彼らは公明党なしには勝てないと思い込んでいる。その覇気のなさは、自民党の毛細血管に至るまで公明党という痛み解消の劇薬が浸透してしまったかのようだ。

郵政民営化か否かの一点で闘って史上稀なる圧勝を手にした昨年9月11日以降の自民党はどうか。大勝にもかかわらず、自公連立は緊密化する一方だ。自民党はなぜ公明離れが出来ないのか。党首脳も議員も、9・11選挙のような神風は二度と吹かないと考えている。だから次回以降も公明党の協力なしには勝てないと恐れるのだ。

自民党議員の多くが「比例は公明党に」と連呼することに違和感を抱かなくなったいま、両党の協力関係は深く本格的に進行する。屋山氏は、自民党はすでに真正保守の考えを諦めたかのように、公明党の了承を前提に考えると指摘する。

「典型例が憲法改正案です。はじめから公明党が呑めるものを書いてきた。提出されたときから折衷案でした。憲法のような重要案件で最初から合体していては政党政治は成り立ちません」

かつて、自民党は田中派、旧経世会の凄まじい金権利権体質によって左右されていた。いまや、公明党が経世会にとって代わる力となったのか。公明党が左右する事柄は、しかし、金権利権よりも遙かに重要な、心の問題、価値観の問題に関わる。首相は経世会を潰しはしたが、より深刻な問題をより深く党内に根づかせたことになる。

誤解のないように言っておきたい。私は創価学会=公明党が悪いと言っているのではない。学会の信者の大半は真面目な人々であろうし、公明党には公明党の存在意義がある。だが、自民党が組む相手としては、明らかに間違っている。間違った相手との連立ほど、政党にとっても有権者にとっても不幸なものはない。その不幸は政党政治、とりわけ真正保守の自民党にとって致命傷になる。小泉首相は自公連立の病巣を見ることなく、両党一体化を一層深化させ、次期政権に深刻な負の遺産を残したのだ。

政治を政局レベルでしか見ないため、改革も言葉だけのものとなり、失敗する。代表例が道路公団、或いは郵政事業の改革だ。

改革という名の“詐欺”
歴代の政権が手をつけるのを憚った課題に小泉首相は取り組んだ。闘う首相の“改革の志”に国民は拍手した。が、蓋を開ければまるで詐欺事件だ。道路公団の民営化は、返済出来ない借金を重ねて高速道路を作り続けてよいのかという疑問が原点だった。予定されていた9342キロの道路建設の見直しは必然だった。

だが結果は、直轄方式という税金で作る分も含めて、予定されていた高速道路をそのまま全て作ることになった。それだけではない。民営化の新法は以前よりもさらに悪い負の効果をもたらす内容だ。

橋本内閣で首相秘書官を務めた衆議院議員の江田憲司氏が強調した。

「道路公団の改革は、道路族にとってはホクホクでしょう。打出の小槌を二つも手にしたのですから」

道路族にはこれまで、道路公団という打出の小槌しかなかった。しかし、いまや、彼らは直轄方式と新しく誕生した民営会社の両方を持つ。

「直轄方式の分は毎年の予算編成で力ずくでとればよいと、道路族は考えています。採算の合わない高速道路の建設を新会社に強要出来る仕組も作りました。会社が建設を拒否しても、国土交通大臣の諮問機関がその拒否に正当性なしと判断すれば、会社は建設せざるを得ない。私は橋本政権下で、族議員とさまざまな折衝を続けました。その体験に基づけば、右の仕組はこれからも無駄な道路を作り続けるという、族議員と国交省の明らかな意思表示です」(江田氏)

明白な失敗であるにもかかわらず、首相は“民営化を果たした”と胸を張る。今井敬、猪瀬直樹各氏ら、民営化推進委員会に丸投げしたまま、言葉の最も浅い意味の、形としての民営化にしか、考えが及ばないからだ。

郵政民営化も同様だ。首相は蒼白な顔で“郵政民営化のためには殺されてもいい”と決意を述べた。その言葉はマジックのように国民の心を魅きつけた。だが、その中身のなんと偽善的なことか。郵政民営化の目的のひとつは民業圧迫の回避だった。

しかし、郵貯も簡保も郵便も、巨大な組織を保ったまま公社という形を経て民営化される。これでは“巨像を野に放つ”に等しいと江田氏は批判する。

「巨像に踏み潰されるのは各地の信金、信組、地方銀行です」

また、新会社の株は持ち株会社が持ち続け、持ち株会社の株の3分の1以上を国が持つ仕組だ。郵貯会社も簡保会社も、政府、とりわけ財務省のコントロールの下にとどまり続けるのだ。郵貯、簡保の350兆円にのぼる国民のお金が、従来どおり財投債の購入に費やされ、独立行政法人となった特殊法人に注ぎ込まれ、事実上、不良債権化するわけだ。何も変わらないどころか、より複雑になった分だけ、巧妙に国民を騙すことになる。

これら全て、小泉首相が政治にまともに向き合ってこなかったために生じたことだ。首相は、政治を政局に貶め、そこから浮上することは遂になかった。政治は何を目指すべきか、首相の役割は何かを、遂に理解しなかった。国家観が欠落しているからこそ、幾つもの重要案件を置き去りにして政権の幕を引いた。たとえば憲法だ。日大法学部教授の百地章氏が語る。

「首相は政権発足当時、首相公選制を強く主張し懇談会まで設けました。しかし公選制には問題ありと指摘されるとこの動きは急速に萎み、以来、首相は憲法改正について殆ど発言していません」

タブーに挑戦した蛮勇

憲法改正の最重要点は首相公選制の可否などではない。米国に与えられた現行憲法を貫く、いびつな価値観を改めることが最重要課題なのだ。前文を書き替え、九条を改め、第三章の「国民の権利及び義務」の根底をなす身勝手な価値観などを軌道修正することが優先されなければならない。にもかかわらず、ポピュラーな人物に首相就任への道を開く公選制が潰された途端、憲法改正についての発言が消えたのだ。首相の関心のいかに浅薄であることか。

「先の通常国会では、憲法改正の手続きを定める国民投票法案が上程されました。この法律が制定されていないこと自体が憲法違反です。しかし同法案は成立せず継続審議となりました。法案成立の時間は十分あった。首相の支持率は高く、成立する可能性もあった。欠けていたのは首相の熱意とリーダーシップ、いやそれ以前に、憲法改正への関心自体がなかったのでしょう」(百地氏)

教育基本法の改正も同様だ。人間の基本であり、国家の基本でもある教育について、首相は殆ど語っていない。教育基本法の改正に熱意を見せたこともない。

「政府は今年4月に教育基本法改正案を閣議決定し、国会に提出しました。民主党も改正案を提出していました。成立のための時間も支持率も十分あったのに、成立しませんでした。これも首相の無関心のなせる技です」と百地氏。

国家観も歴史観も見事に欠落した人物、国家にとって何が大切なのか解らず終いで退場しつつあるのが小泉首相だ。だが、そのことに最も気づいていないのが首相でもあろう。私は小泉政権の内政に、それでも、50点をつける。或いは点が高すぎるかもしれない。だとすれば、それは一にも二にも、失敗に終わったものの、多くのタブーに挑戦した蛮勇を評価するからだ。

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