「 対中売却凍結は最終解決ではない 」
『週刊新潮』 2010年12月2日号
日本ルネッサンス 第438回
新潟市中心部の5,000坪の土地を、中国政府に売るべきか否か。
新潟市長の篠田昭氏は、11月18日、土地売却案の凍結を発表したが、余震はおさまらない。「凍結」は時機がくれば解除され得るのに加えて、中国側の土地取得にかける意気込みの強さが窺えるからである。
問題の土地は新潟駅からわずか500メートル、市の中心部に位置する万代小学校の跡地である。ここに中国側が総領事館の建設を予定し、篠田市長らも歓迎した。新潟市は住民への十分な説明を行わないまま、中国への土地売却を前提に測量を開始したが、住民の反発で中止に追い込まれた。当欄でも11月11日号で、その一件を報じ、篠田市長が前述のように凍結を発表した。
中国の日本専門家として重きをなす人物に元外相で前国務委員の唐家璇(トウカセン)氏がいる。唐氏は、小泉純一郎氏が首相だった2001年7月24日、田中眞紀子外相と会談し、小泉首相の靖国神社参拝に関して「(参拝を)止めなさいとゲンメイ(厳命)した」ことを自ら明らかにした人物だ。
氏は現在、新日中友好21世紀委員会の中国側座長を務める。日本側座長は東京証券取引所グループ前取締役会長で東芝相談役の西室泰三氏である。日本側委員には、チャイナスクールの筆頭の一人、阿南惟茂元中国大使らに加え、キャスターの国谷裕子氏らが名を連ねている。
唐氏ら同委員会一行は10月29日から11月2日まで5日間にわたって新潟を訪れ、精力的に各地を視察した。氏は11月2日11時11分発の新幹線で東京に戻り、同日夕方5時、官邸に菅直人首相を表敬訪問した。翌3日の祭日を挟んで4日昼前、氏は仙谷由人官房長官を訪ね、30分間の会談、午後には経団連を訪れた。それにしても今回の氏の日程から、新潟が大きな比率を占めているのが見てとれる。
他国の土地を買い急ぐ
氏は一連の会談や講演で「尖閣諸島問題は主権の問題であり、すぐに状況を変えるような行動は起こしてはならない」としたうえで、「日中関係はこれまでどおり発展させていくべきだ」と語っている。「発展」の中には、中国側が思い描いた新潟市中心部の土地の購入も、同じく市中心部における中華街建設構想も含まれていたことだろう。
中国は5年前に北朝鮮の保有する日本海側の最北の港、羅津(ラジン)を租借し、初めて日本海への直接の出入口を得た。中国にとって、羅津港を出たすぐ先に位置する新潟は地政学上、非常に重要な拠点になる。新潟の海には次世代のエネルギー源のひとつと見られる膨大な量のメタンハイドレートが眠り、山々には大量に降り積もる雪が最高級の酒を生み出す豊かで美味なる水となって眠っている。地政学的にも、資源という点でも、新潟が中国にとって非常に魅力的な県であるのが容易に見てとれる。
無論、どの国、どの地域にとっても、対中交流は経済を潤す効果がある。だからこそ、新潟は県をあげて、中国との交流を深めるべく努力してきた。自民党の新潟市議、橋田憲司氏が語った。
「私が市議会議長だったとき、総領事館誘致を中国に陳情したことがあります。県ぐるみで、田中眞紀子、直紀両議員も働きかけました。中国との交流が地元経済の活性化につながると期待してのことです」
同じく自民党の佐藤幸雄市議も語った。
「いま問題になっている万代小学校の跡地については、むしろ日本側、市長側から働きかけたと思いますよ。議会に対しても、幾度かの食事会や会合で根回しも進んでいて、売却の話はついていたと思います」
新潟に拠点を築く中国側の戦略的必要性は極めて大きいはずだが、現象的には日本側の働きかけが前面に出てくる。橋田氏は、今回は市の所有地だから売却に疑問が呈されるが、民有地ならば問題はないのではないかと語る。
民間の商行為を止めることは、法律的には勿論出来ない。経済活動はあらゆる制約を超えてグローバルに広がっていく。中国マネーが、日本のみならず諸国の鉱山や土地、山林や耕地を買収していく事例が目立つのはそのせいだ。事実、わが国の法整備が追いつかないために日本の山林も制限なしに中国資本に買われつつある。
疑問を抱かざるを得ないのは、中国政府が自国の土地を一ミリたりとも売らない一方で、他国の土地を買い急ぐ点である。一般論として、無闇に外国に国土を売ってよいわけはないが、とりわけ、自国の土地は全く外国に売らない中国に対しては慎重になるべきであろう。保守系の新潟クラブの市議、佐々木薫氏が語る。
「新潟が長年かけて総領事館を誘致したことは一定の評価が出来ます。けれど、市中心部の5,000坪を売り渡せば、そこには日本人はもはや容易に立ち入ることが出来なくなります。大使館の土地はその国の領土と同じです。市中心部の広大な空間がそれでいいのか、我々は慎重に考えなければならないと思います」
不平等関係
大使館や領事館の開設は相互主義でなされる。日本が中国に開設しているのと同じ数の総領事館の開設が中国にも許される。このように数の上では平等が保たれているが、内容は必ずしもそうではない。
たとえば、日本は北京の大使館以下、上海、広州、瀋陽、重慶、青島、香港の6ヵ所に総領事館を開設しているが、どれひとつとして、土地を購入して建てたものはない。理由は前述した。中国政府は決して自国の土地を売らないからである。
他方、中国は日本では、今回の新潟のように土地を購入しようとする。日本は他国ともこのような不平等関係にあるのか。外務省に問い合わせると、「個別の案件」については答えられないという。
だが、少なくともひとつ明らかなのは、中国にある日本の公館は全て、賃貸だということだ。一方、過去に、国会で、東京の米国大使館の賃貸料についての議論があったことから、これは少なくとも米国所有ではないことが推測出来る。沖縄にある米国の総領事館も公邸も、民間所有の土地や建物の賃貸である。
それにしても、中国に万代小学校跡地を売却しようという新潟市の考えはどういう理屈で正当化されるのか。住民への説明で、新潟市側はこう繰り返している。
「中国は他のところでも自前の土地に公館を建てている。それが中国の慣例だ」
自国の土地は売らずに死守する中国は、外国においては自前の土地を入手する。この一方通行が中国の「慣例」である。そんな中国の言い分だけをきいて、それに従うという新潟市の理屈は、県益も国益もないただの従属である。それではとても県民市民は納得しないだろう。
[…] 櫻井よしこ氏のブログによると、売却予定地は、国家公務員宿舎「名城住宅」と名城会館の跡地で、名古屋城近くの南向きの3万1,000平方メートルとその飛び地の2,800平方メートル、合計1万200坪を超える。 […]
ピンバック by 国土は資源。誰がどうやって守るのか? | seetell — 2010年12月20日 17:43