「 暴言の向うに見えるトランプ戦略 」
『週刊新潮』 2025年3月6日号
日本ルネッサンス 第1137回
トランプ米大統領の最大の強みは彼が何を考えているかを誰も予測できないことだと言われる。破天荒な言動で氏は自らの予測不可能性を最大限高め、効果的に活用することに成功している。しかし、氏の言動をよくよく詰めていけば、見えてくる。トランプ氏の大目的は、⓵中国が米国を追い抜くことを許さない、⓶米国の利益を徹底的に追求する、に尽きるということだ。
わが国は⓵については最大限の協力をするのがよい。⓶については日本の国益最重視で向き合うのがよい。
2月12日、プーチン露大統領との長電話以降、トランプ氏はウクライナ侵略戦争停戦に向けてプーチン氏籠絡に懸命である。「プーチン氏が望めば、ウクライナ全土を手に入れられる」と暴言を吐き、返す刀でゼレンスキー大統領を不条理に論難する。「ゼレンスキー氏は3年間会議に出席してきたが、何も達成できなかった」「うんざりする」(2月21日、FOXニュースラジオ)などだ。
他方、2月18日、サウジアラビアで行われた米露停戦協議でロシア側は、交渉の席につく条件として以下を要求したと報じられた。⓵ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟は認めない、⓶対露経済制裁の解除、⓷東部南部4州に加えてクリミアをロシア領とする、⓸欧州軍のウクライナへの展開は認めない、⓹ウクライナは選挙で新指導者を選ぶべきだ、などだ。
サウジで協議に臨んだ米国務長官、マルコ・ルビオ氏は「個々の停戦の条件については話し合っていない」「会談の目的は本当に和平協議に関心があるかを見極めることだ」「ウクライナや欧州が排除されているというのは馬鹿げている。双方が受け入れられる条件でなければならない」と語った。トランプ氏の暴言は交渉術の一部だと見るのがよい。
「チャンスを逃した」
国際社会のトランプ氏に対する非難について、2月21日の「言論テレビ」で経済評論家のジョセフ・クラフト氏はこう語った。
「トランプ氏への批判はもっともです。しかし、彼の目的を認識することが大事です。彼は停戦を実現したい。そのためにプーチン氏を交渉の場に引き出さなければならない。バイデン前政権は約3年間、プーチン氏と接触していません。他方、米国側はゼレンスキー氏とは接触しており考えはある程度分かっています。今はプーチン氏を交渉の席につかせることが至上命題ですから、彼の喜ぶことを言っているのです」
トランプ氏がウクライナに5000億ドル(75兆円)相当の鉱物資源の提供を求め、その上石油とガスまで要求したことも、弱い立場に立たされたウクライナが一方的に要求されているのではなく、ゼレンスキー氏の撒いたエサにトランプ氏が食いついたと考えられる。
この件は去年10月16日にゼレンスキー氏が公表した5項目の「勝利の計画」から始まっている。同計画は停戦後のウクライナの安全保障を担保するための提案だが、その4項目目にウラン、チタン、リチウム、グラファイトなど膨大な量のレアアースを含む鉱物資源を戦略的パートナー、とりわけ米国と共同開発する用意があると明記した。
米国主導で戦後のウクライナの安全保障体制を作ってくれれば何兆ドルにも値する鉱物資源の共同開発という見返りを差し出すということだ。トランプ氏が関心を持つのは当然で、トランプ再選に備えて2023年秋から同陣営と接触を図ってきたゼレンスキー氏の作戦が的中したのだ。ロシアと勇敢に戦うウクライナ精神で、ゼレンスキー氏はトランプ氏と烈しい折衝を続けるだろう。
トランプ氏が早期停戦を願うのは、ロシアを西側に引き寄せ、中露関係を引き離し、米国の力を対中国に集中させたいと考えるからだろう。トランプ流の乱暴な手法の奥に、中国に対峙する戦略を見てとることが重要だ。従ってわが国は停戦に向けて、日本国の力でウクライナの為に出来得る限りのことをするのがよい。
他方、アメリカ第一主義に基づいてトランプ氏が日本製鉄について下した決断をどう考えるべきか。日本製鉄のUSスチール買収が実現すれば、日米両国で中国との競争に勝てる可能性が生まれる。多くの米国人も望むその計画が頓挫した今、わが国がなすべきことは何か。クラフト氏は契約破談で一番困るのはUSスチールだと断じた上で、指摘する。
「日鉄と米政府間の意思の疎通ができていません。日本側は米国側が選挙で全米鉄鋼労組(USW)の票が欲しいために買収を阻止したと見がちです。米国側から見ると、日本側が米国側の送ったサインに全く気付かず、幾つものチャンスを逃したという構図です」
2年後の中間選挙
カギは労働組合だと氏は強調する。
「USWの組合員は全米120万人。いかなる政治家もこの組織票は無視できません。だから、バイデン氏は一番最初、組合が買収でよいなら、了承すると言ったのです。日鉄はその時すぐにUSWのマッコール会長を説得する必要があった。日鉄がUSスチール買収を発表したのは23年12月18日、森高弘副会長兼副社長がマッコール氏を訪ねたのは翌年の3月8日。遅すぎます。その間にライバル会社、クリーブランド・クリフスがマッコール氏に接近して日鉄の案件を葬り去ると決めてしまったのです」
日鉄とUSスチールの合体は鉄鋼分野でヒタヒタと迫りくる中国に日米が協力して打ち克つためだ。この国家戦略の重要性をトランプ氏が認識していたとしても、氏はその前に2年後の中間選挙に勝たなければならない。それが政治の現実で、日鉄もUSスチールも同案件が政争の具にならないように細心の注意を払うべきだったが、それができていないと、クラフト氏は手厳しい。
氏は、対米外国投資委員会(CFIUS)もサインを送ったと指摘する。CFIUSは最初、日鉄による買収を許可するか否かの判断を24年9月に出す予定だった。これを同年12月に延期し、さらに12月の期限がきたとき統一見解を出さずに大統領に任せた。バイデン大統領はそこで、日鉄の買収に中止命令を出した。しかしその期限を25年2月2日から6月18日に延期した。CFIUS、そして大統領の延期は「何とかUSWを説得してよ」というメッセージだとクラフト氏は言うのだ。
結局日鉄側は米側のメッセージを読みとれず、バイデン氏らを訴えた。また日鉄はUSスチールが社を挙げて買収に賛成だと強調するが、USスチール労組はUSWの一部分だ。上部団体を説得することなしには買収問題は決着しないというのだ。
無論、トランプ氏も組合の意向を尊重する。選挙で票が必要だからだ。であれば日鉄は対米交渉の基盤をUSW取り込みに軸を置いてやり直すしかないとクラフト氏は断ずる。最終的勝利を手にするには、現実に基づくことが第一、その次に現実を先取りする意気込みで手を打つことだ。
