「 拉致問題解決のためには北朝鮮に対して強い圧力が必要 」
『週刊ダイヤモンド』 2009年3月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 781
大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元北朝鮮工作員と、金氏に日本語を教えた拉致被害者、田口八重子さんの長男の飯塚耕一郎さんが、11日、韓国の釜山市で面会した。八重子さん拉致から31年目、当時1歳だった耕一郎さんは、32歳になっている。
耕一郎さんは、母親のことを話すとき、必ず、少し言い淀んで「田口八重子さん」と言う。別れたとき、幼過ぎて母の記憶がいっさいないために、身内としての呼び方ができないのだ。
耕一郎さんは、八重子さんの兄の飯塚繁雄さんご夫妻に、実の子として育てられた。ご夫妻は、耕一郎さんが成人したときに、自分が飯塚家の一員であることになんの疑いも抱かないように、愛情こめて育てた。夏のプール遊びのときも、春や秋の小旅行のときも、そして日常の暮らしの場面でも、必ず、自分の子どもらと一緒に、いちばん幼い耕一郎さんを囲んで記念写真を撮った。幼い頃からの“家族写真”の集積が、耕一郎さんが疑問を抱いたとき、その疑問を消し去ってくれると考えた。
しかし、拉致が判明したとき、成人した耕一郎さんに、飯塚さんは真実を打ち明けた。やがて、耕一郎さんは、拉致問題の解決を訴える家族会主催の会合に顔を出すようになった。
いつもは物静かな耕一郎さんが、金氏と並んで、笑顔をのぞかせながら会見した。八重子さんについて聞くことができたうれしさが滲み出ていた。
麻生太郎首相は同日、官邸記者団に問われて、「感想? おお、よかったんじゃないですか」と答えた。
そのとおりではあるが、私には、麻生首相の軽い言い方がひっかかる。拉致問題で、旧宏池会の果たした負の役割が明確な記憶として残っているからだ。河野洋平氏や加藤紘一氏ら、拉致問題の解決を、むしろ、妨げてきた宏池会の系譜に、麻生首相も連なることが、気になり続けている。
拉致問題の解決に関して、長年、政治は機能してこなかったが、特に韓国の金大中、盧武鉉両政権は異常だったと言うべきだろう。北朝鮮に関する負の情報を強い圧力で封じ込め、事実の歪曲を図ってきたのだ。
北朝鮮の主体思想を理論化し、金日成、金正日父子の考え方を知悉している元朝鮮労働党最高人民会議議長の黄長燁(ファン・ジャンヨプ)氏が韓国に亡命したとき、金正日総書記は、「原爆を落とされたほどの衝撃を受けた」といわれる。黄氏はそれだけ多くの秘密を知っていたのだ。しかし、金大中、盧武鉉両大統領は、氏の情報を活用するどころか、事実上、氏を軟禁状態に置いて、発言を禁じてきた。米国や日本をはじめとする国々で、黄氏を招こうとしても、出国は許可されなかった。
金賢姫氏に対しては封じ込め以上のひどい状況がつくられた。政府寄りのメディアを通して、大韓航空機事件はデッチ上げで、韓国政府の陰謀だったという情報が喧伝され続けたのだ。
金正日総書記に肩入れする歴代韓国政府の姿勢は、韓国国民を欺き、韓国の拉致被害者、約500人を見捨てることにほかならない。
李明博政権の誕生で、ようやく、北朝鮮と闘う姿勢が見えてきた。それが今回の面会の実現である。
喜びの対面のあと、私たちは、これまでと同じく、拉致問題解決のために、闘い続けなければならない。金賢姫氏は北朝鮮のプライドを傷つけずに上手に交渉することの重要性を説いていた。反対に、ソウルで取材した黄氏は、金正日には、力で対決する以外に方法はないと、強調した。過去の日朝および米朝交渉を振り返って、私は黄氏の立場に与するものだ。
そのときに最も重要なのが、日本政府の姿勢である。成功への近道は、筋を通して、圧力をかけ続けることだ。麻生首相にそれをする意思があるかが問われているからこそ、宏池会の流れと、気楽な物言いが気になるのだ。
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