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2021.02.11 (木)

「 見えてこない米国のインド太平洋戦略 」

『週刊新潮』 2021年2月11日号
日本ルネッサンス 第937回

トランプ、バイデン新旧米政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官が、党派を超えて対中政策で幅広く合意した。ジェイク・サリバン新大統領補佐官は、正式に日米豪印4か国が構成する「自由で開かれたインド・太平洋戦略」の軍事的枠組み(クアッド)が、米国の国防政策の基本であると認めた。また、いくつかの前提を置いたうえでのことだが、ウイグル人、香港、台湾への好戦的な恐喝に対して、米国は中国に対価を払わせる、その準備を進めていることを、明確かつ継続的に伝えるとも語った。

一連の発言は1月29日に、米シンクタンク「米国平和研究所」のオンライン対話でロバート・オブライエン前大統領補佐官を相手に発信された。両氏はこれから先、幾世代にもわたって中国が最大の脅威だという点でも意見の一致を見た。

ポンペオ前国務長官が、中国共産党政府のウイグル人弾圧を「ジェノサイド」(民族大量虐殺)と認定したのが退任前日の1月19日だ。同日、民主党の国務長官候補として上院の公聴会に臨んだブリンケン氏も財務長官候補のイエレン氏も、ポンペオ氏の認定を受け入れた。

ブリンケン氏はさらに、中国共産党は新疆ウイグル自治区でウイグル人を強制労働させており、強制労働による製品の輸入禁止に向けて米国はあらゆる対策を講ずると踏み込んだ。

公聴会でのブリンケン氏の発言は興味深く、米国東部のエリート家族の出身である氏が人権に非常に強い拘りをもっていることがよくわかる。氏の妻、エヴァン・ライアン氏は教育文化担当次官補である。伯父はベルギー大使、父はハンガリー大使、母はハンガリーからの亡命者で、祖父はロシアからの亡命者だ。すでに亡くなっているブリンケン氏の継父はホロコーストの生存者だ。

彼はポーランドの収容所を脱出し、森に逃げた。戦車の音が迫ってきたとき、見上げると戦車には星条旗がはためいていた。彼は必死に駆け寄り、黒人のGIが彼を見つけた。彼はひざまずき、母に習った英単語3つを大声で言った。「God Bless America」。GIは彼を引っ張り上げ戦車に保護した。

中国批判の本気度

「これがわが一族です。わが家族の物語は、不完全ではあっても最善を尽くし続ける米国の姿を世界に示すものです」と、ブリンケン氏は語った。

氏が家族の物語を語ったことからは、中国批判の本気度が伝わってくる。人間を人間として遇さない中国共産党、中国式法解釈を国際法にとって替わらせようとする独善的な習近平国家主席、力による外交の根拠となっている中華帝国主義の全てに対し、本気で憤っている。

バイデン政権の対中政策はこれら担当者の言葉を信ずる限り、非常に厳しいものだ。しかし問題はここからだ。バイデン氏は武漢ウイルス、経済の停滞、人種差別と社会の分断など国内問題に集中せざるを得ず、外交、安全保障問題は自ら陣頭指揮するのではなくベテランに任せた。外交の目玉としての環境問題はジョン・ケリー氏に、安全保障問題はカート・キャンベル氏に託した。

米国や日本、その他諸国が安全保障の危機に直面している元凶は中国だ。彼らの横暴な振舞いが最も顕著なのは南シナ海、東シナ海、インド洋、太平洋、つまり広い意味でのアジアである。そのアジア全域とほぼ同義のインド・太平洋地域における調整官に任命されたのがキャンベル氏だ。

ケリー氏もキャンベル氏も、他の閣僚たちより20歳ほども年長である。若い閣僚たちがベテランを巧くコントロールできるのか。またベテラン達は本当に機能するのか、疑問を抱く幾つかの理由がある。

キャンベル氏はヒラリー・クリントン国務長官に国務次官補として仕えた。様々な意味で経験豊かな氏ではあるが、評価は米国でも二分されている。批判する人々はキャンベル氏はビジネスマンだという。中国との利害関係があるのではないかというニュアンスを伴った批判である。

もうひとつ、政策上の成果がないという点だ。ヒラリー氏とオバマ政権は、米国の国防の軸足を中東からアジアに引き戻す「Pivot to Asia」(アジア基軸への転換)を提唱した。同戦略の考案者がキャンベル氏だと言われている。同戦略の特徴は中国の脅威を強調しはしたが、実際には具体策を講じなかったことだ。言っていることは正しいが、言い放しで終わり、何ひとつ実行されなかった。

キャンベル氏ひとりの責任ではないが、オバマ政権と同じ有言不実行、口ばかりの失敗の型に、再びバイデン政権で陥ることはないか。

キャンベル氏は2018年3・4月号の外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」に寄せた「中国収支 北京は如何に米国の期待を裏切ったか」で、米国の中国に対する関与政策の誤りを指摘した。豊かになれば中国は米国のように民主的で開かれた国になると信じ、支援してきた長年の対中宥和策への批判だった。

対中政策に不安

だが、キャンベル氏の批判よりずっと前にマイケル・ピルズベリー氏が中国の正体を指摘し、氏の著書はベストセラーになった。17年1月にはトランプ政権が誕生し、同年12月には、中国を米国の脅威と見做す国防戦略も発表済みだった。キャンベル氏はワシントンの風向きの変化を受けとめた論文を書いただけか。

バイデン政権ではキャンベル氏がインド・太平洋全般の安全保障問題を「調整」する。氏は1月12日に電子版フォーリン・アフェアーズに「米国は如何にしてアジアの秩序を支えられるか」を寄稿した。

ヘンリー・キッシンジャー氏が若き日に、19世紀の欧州事情について書いた論文を元に現在の米中関係の在り方を説いた内容だが、正直に言って参考にならない。何よりも注目すべき点は、キャンベル調整官は「インド・太平洋」を論じながら、一度も「自由で開かれたインド・太平洋」とは書いていないことだ。

キャンベル氏は、調整官として国防総省、国務省を中心に省をまたぐ広い視野で中国問題に取り組む立場にあるが、冒頭で紹介した新旧二人の安全保障問題担当大統領補佐官が「自由で開かれたインド・太平洋」こそ米国防政策の基本だとする立場とは対照的だ。これで大丈夫か。

「アジアに軸足を」との氏の政策提言は言葉だけに終わった。だがいま、インド・太平洋調整官として、氏は政策提言さえも満足にできていないというのは、言いすぎか。

キッシンジャー氏はその全収入の5%を中国から得ているそうだ。5%という数字の正確さは私にはわからないが、中国とのビジネス上の関係が深いことは想像できる。そのような人物を尊敬しているとするキャンベル氏、ひいてはキャンベル氏に依存するバイデン政権の対中政策に不安を抱く次第である。

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