「 硬軟織り交ぜた戦略を繰り出す裏で真意を巧妙に隠す中国のしたたかさ 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年5月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1083
4月末、米国を訪れた安倍晋三首相は日本の国際社会の立ち位置を新たな次元に引き上げた。祖父、岸信介元首相は約60年前、「日米新時代」という言葉で日本が米国と対等の立場に立つ気概を示した。
安倍首相はガイドラインの見直しを通じて、事実上、日米安全保障条約の改定を行った。これまで国家の危機に直面してもなすすべもなく傍観していなければならなかった安全保障の空白を、かなりの部分、埋めることができるようになり、日本の独立性をさらに高めたことは大いなる前進である。
それでもまだ完璧には遠いが、日本国が自力で国を守る意思を示し、日本国だけで不足の部分は米国と協働して守り通す決意を示したこと、米国もまた明白に日本と共に自由世界のルールを守り通す決意をオバマ大統領の言葉で示したことの、中国に対する牽制の意味は大きい。
安倍外交に対して韓国外務省は、「(歴史に対して)心からのおわびもなく、非常に遺憾」と論難し、中国も植民地支配や慰安婦問題への謝罪を表現しなかった安倍首相を批判した。中国はその後も、王毅外相らが中国を訪れた高村正彦自民党副総裁らに70年談話に関して歴史圧力をかけ続けている。
原則については決して譲らない安倍路線に対して、中国はいま、2つの路線を同時に進行中だ。南シナ海の埋め立てに見られる強硬路線と、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に見られる柔軟路線である。日本に対してもにわかに人的交流が増え、中国が柔軟路線に切り替えたことが見て取れる。中国の真意を、静岡大学教授の大野旭氏が喝破した。大野氏は南モンゴル出身で、現在は日本国籍を取得している。
「中国の膨張戦略の基本は毛沢東が語った掺沙子政策です。発音はツァンシャーツ、砂を混ぜる、です。侵出したい所にまず中国人をどんどん送り込む。そのとき彼らはこびるような笑顔でやって来ます。現地の人たちは大概、人が良いですから、歓迎したり、同情したりで受け入れます。すると中国人は1人が10人というふうにどんどん増える。人口が逆転し、中国が優勢になると、中国人の笑顔が消えます。彼らは権力を奪い支配者になり、その過程で虐殺が起きます」
だが、中国のAIIBに見られる金融力を活用しての影響力の拡大路線は必然的に柔軟路線と一体となる。それは最終的に中国国内の民主化につながるとの希望が生まれている。この点についても大野氏は語る。
「私はモンゴル人として中国政府の弾圧を受けて育ちました。モンゴル人の受けている圧政について、いまも書き続けています。その結果言えるのは、中国が民主化することはまずあり得ないということです。民族学者として何十年も中華民族の特徴を研究してきました。彼らの民族性には民主化という要素がないのです」
なぜこのように断定するのか。
「中国は歴史が始まって以来今日までずっと独裁政治の下にあります。専制政治がずっと続いてきたのが中国です。中国の民主化に期待するのは無邪気な国の、平和と友情を信ずる天真らんまんな発想にすぎないと思います」
中国の真意は言葉や笑顔には決して表れない。その行動の中にこそ、真実を読み取るべきなのだ。その意味で興味深い記事が連休中の「産経新聞」(5月6日)に報じられていた。
中国海軍の呉勝利司令官が4月29日、米国海軍制服組トップのグリナート作戦部長に、南シナ海の埋め立てでできた土地を米国も利用しないかと持ち掛けたというのだ。米国議会をはじめ、中国の埋め立てに厳しい反応が出ていることに対して、このようなしらじらしい提案を「こびるような笑顔」でするのが中国である。中国の歴史に学び、中国の真意を見通すことが大事である。